Sweet Sweet…?
窓から暖かな太陽の光が射し込む、ある休日の午後。
あやめは空目の家のリビングにある窓から外を見ていた。
陽射しは本当に穏やかで、窓を開ければ小鳥達の歌声が聴こえる。
その歌声を聴いているとあやめも何だか幸せな気分になってきて、こんな気分の時にぴったりな歌を歌おうと、大きく息を吸い込んだ。
「あやめ」
「? わ、ひゃっ……!」
突然背後から声をかけられ、あやめは驚いたせいでバランスを崩した。
ぐらり、と揺れる世界。
すぐに腕が伸びてきて、しっかりとあやめを支えた。
驚いたあやめの唇には柔らかい感触。
「……?!」
愛しい人の黒い髪が、さらりと頬を撫でる。
「え……?」
不安定な体勢から解放されてからも、あやめは暫く放心したように立っていた。
「どうした、あやめ?」
「………………え? は、はい!」
空目の声にあやめはようやく反応して、反射的に姿勢を正した。
結果いつものようにバランスを崩したが、それを予測していた空目によって転倒は免れた。
「…少し落ち着け」
空目に言われ、あやめは恐縮する。
「す、すみません……!」
顔を朱に染めて謝罪するあやめを見て、空目は呆れたよう溜息をついた。
「あ……あの、私…お茶を淹れてきます……!」
そう言ってキッチンへ向かおうとして、動けないことに気付く。
あやめの細い腕は空目に捕らえられて、その拘束は思いのほか強かった。
「俺がやる。お前だと転んで火傷しかねないからな」
ここにいろ、空目の目はそう言っていて、あやめは申し訳なさそうに頷いた。
空目はキッチンへと消え、すぐに2つのカップを手にして現れた。
紅茶を一口口に含む。
ふわりと広がる、人工的な甘み。
少し気分の落ち着いたあやめは、さっきの突然の口づけについて考えを巡らせる。
いくら2人が想い合っているからといっても、さっきのようなことをされたのは初めてだ。
何か意味があるのだろうか?
勇気を出して聞いてみようと思った。
「あ、あの……!」
声が裏返ってしまい、あやめは赤面する。
「何だ」
落としていた視線を上げて、空目はあやめを見つめる。
「…あの、先程の……ええと、その……」
いざ聞くとなるとどう聞いて良いかわからず、あやめは言葉に詰まる。
「……キスのことか?」
空目に問われて、あやめは頷く。
キス、という言葉に反応して、顔が熱くなる。
「…お前は“甘いキス”というものを知っているか?」
「……? いえ……あの、知らないです」
あやめがそう言うと、空目は立ち上がってリビングを出て行き、一冊の本を持って戻ってきた。
「これは日下部に借りた本なんだが…、ここを見てみろ」
空目が指差した文を読んでみると、確かにそこには『甘いキス』という文字。
「この本によれば、想う者とのキスは甘く感じられるらしい。それがどんなものか気になってな」
そこまで聞いて、あやめは納得する。
気になったら実験してみる、空目がそんな人間だと、あやめは知っているから。
「ええと…それで、結果はどうだったのですか……?」
恐る恐るあやめが訊ねると、空目は一瞬だけ眉間に皺を寄せ、不機嫌そうな表情をした。
自分の質問が不快だったのかと、あやめは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……………た」
空目にしては珍しい、小さくて呟くような声。
物思いに耽っていたあやめは聞き取れずに、おずおずと聞き返す。
「あの…すみません。ええと…今、何とおっしゃいましたか……?」
それを聞いて、空目は少しだけばつの悪そうな表情をした。
「…甘くなかった、と言った」
「……そう、でしたか…………」
目の前の無表情が拗ねたような声で紡いだ言葉に、あやめはそれしか言えない。
2人きりのリビングを支配する沈黙。
黙ったまま、それぞれ違う方向を見つめ、それぞれの思考に没頭する。
心地良かったはずの陽射しも小鳥達の歌声も、あやめには最早どうでもよくなっていた。
気になるのは、目の前に座っている黒ずくめ。
愛しい、その人だけ。
あやめは冷めきってしまった紅茶を一気に飲み干した。
再び、人工的な甘さが口の中を満たした。
「あやめ」
「?」
あやめがカップの底を見つめたままでいると、空目があやめを呼んだ。
顔を上げれば、目の前には空目の顔。
その顔がゆっくりと近づいてきて。
絡み合う視線。
その瞬間―――。
「…甘いな」
「……はい」
空目は、あやめのことを強く想って。
あやめは、空目のことを強く想って。
そうして、互いにした口づけは。
気だるいほどに、甘かった―――。
END
サイト:絵空事
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相互リンク記念に水野がリクエストした空あやを雨月琴音様に書いていただきました!
もう、ものすっごく可愛い二人ですよね!
ほのぼのラブラブ。
何とも言えない可愛さと甘さです。
あやめちゃんが空目様に振り回されている感じが非常に可愛い。
そして一回目で甘く感じなかったキスで拗ねる空目が非常に可愛い(笑
そもそも綾子ちゃんから借りた本を見て気になったから即実行、という空目の思考回路が何とも言えずに素敵です(笑
そんなこんなな甘いお二人の素敵な小説を頂けて、私はとっても幸せ者です!!
雨月琴音様、本当に素敵な空あや小説を有り難う御座いました!
これからもどうぞ宜しくお願い致します。
2008,7,25 水野佳鈴