Missing | ナノ


「う〜ん、やっぱりここのチョコレートケーキは美味しいね〜」



そう稜子は幸せを噛み締めたかのように、嬉しそうにケーキを食べていた。

今日は久しぶりのデート。
色々とごたごたがあってまともにデートをする機会もあまりなかったので、本当にこんなのんびりしたデートは久しぶりだった。
そして今俺たちは駅前のカフェで一息付いている。
稜子は紅茶とチョコレートケーキを頼み、俺は珈琲のみを注文した。
そしてその注文をしたものが全て揃ったため、冒頭部分に戻るわけだ。

稜子がケーキを美味しそうに口にほうばる。
その顔は幸せいっぱいの顔だった。
そんな稜子を俺は楽しそうに眺め、珈琲を飲む。
本当に穏やかな午後だ。

暫くそんなひと時が過ぎ、稜子のケーキが半分くらいになった頃。
不意に稜子と俺の視線が合った。



「・・・武巳クン、もしかしさっきからずっと見てた?」

「え?うん、見てたけど?」



俺は突然の質問に正直に答えた。
もしかして恥ずかしがるのか怒るかのどちらかになるのではないかと思い、稜子のその先の行動を見守ろうとした矢先。



「うわぁ〜、それならそうと早く言ってよ!」



と、何故か酷く焦ったような反応を返された。



「な、何・・・が?」

「何って、武巳クンもケーキが食べたかったんでしょ?」

「は?」



全く持って見当違いな返答を返され、俺は素っ頓狂な声を思わず上げてしまった。
唖然として見つめる俺には気づかず、稜子は一人納得してどこか申し訳無さそうにしている。



「ごめんね、気づかなくて」

「いや、俺は別に・・・・」



別にケーキを見ていたわけではない。
と、言おうとしたが、それは突然なその行動に驚いて声にはならなかった。



「はい、あーん」

「ええ!?」



俺は思わず本気で驚く。
稜子は一口大に切ったケーキをフォークに刺して、俺に差し出してくるのだ。
しかも、まさにあのいかにもなカップルたちがしそうなシチュエーションで。



「り、稜子!?」

「ほら、口開けて!」

「え、でも」

「あーん!」

「・・・・・」

「あーん」

「・・・・・」

「あ〜〜〜ん」

「・・・・・あ、あーん」



まさに根負けと言ったところだろう。
とっても嬉しそうに、そして楽しそうに笑顔を向けているはずなのに、稜子のそれはどこか有無を言わさぬ笑顔だったのだから。

俺はちょっと躊躇いながらも言われた通りに口を開けた。
稜子がそれを見計らってケーキを俺の口の中へと移してくれ、舌先から甘いチョコレートの味が伝わった。
それはほんのりと口の中に広がって、とても幸せな気分にさせた。



「ね、美味しい?」



稜子が嬉しそうに微笑みながら問い掛けてくる。
そんな稜子の嬉しそうな表情を見て、俺も釣られて微笑んだ。



「ああ、美味しいよ」



悲しいことも辛いことも苦しいことも沢山あったけど、今は何よりも幸せだ。
そう、それはまるでこの甘いチョコレートケーキみたいに。


















Illust『食欲の秋
2007,9,19



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