20

side藍沢




ちゃぷちゃぷと水が跳ねる音がする。

ふわふわと浮いているような不思議な感覚に包まれていて、容易く崩れ落ちてしまいそうなのにそうならないのは背中か包まれるようにして腹に回っている何かのお陰だ。


「……ん…」


ゆっくりと目を開くと、なんとなく見覚えのある景色が広がっていて、確証を得ようと少し身じろぎながら視線を動かした。
どうやらここはさっき使わせて貰ったシャワールームらしい。
高級感の漂うステンレス製のシャワーヘッドには見覚えがある。

視線を下へ移動させると湯船、お湯、それからお湯の中に浸かった4本の足が見えた。

……ん…?4本……?


「おはようございます」


斜め後ろから声が聞こえて、僕は一瞬にして身を縮こまらせた。

それはさっきまで僕を甘く厳しく嬲っていたあの人の声。

錆び付いたネジみたいに軋む首を無理矢理回して振り返れば、予想通りの榎本さんの恐ろしいく整ったお顔が見えた。
バスルーム内の蒸気で濡れたのか、ブロンドの髪を撫でつけるようにゆるく後ろに流してある。

お陰で普段は前髪で少し影になっているつり上がり気味の涼しげな目元が露わになり、普段の数倍は近寄りがたい印象だ。


「え、も…とさ…」

「はい」

「あっ、…や、なんでもない…です」


青く澄んだ瞳とかち合って慌てて前に向き直る。
どうやら僕は榎本さんの逞しすぎる胸板を背にして気を失っていたらしかった。

湯船に入れられてまで目を覚まさなかったなんて、どれだけ自分は鈍感な生き物なのだろうか。
僕は予想もしなかった現状に驚いて恥ずかしさのあまり俯いた。

水面越しに僕のよりも一回りも二回りも太い筋肉質な筋張った腕がお腹に巻き付いているのが見える。

意識しすぎて指一本動かせなくなってしまった僕の後ろで榎本さんのくすりと笑った気配を感じた。


「首、真っ赤」

「!」


相変わらずの抑揚のない声音で囁かれたのと唇が首筋に音をたてて触れたのは同時だった。


「美味そう」

「…?」

「全身ピンクで、凄く美味そう」


耳元で甘く響く重低音に鼓膜を刺激されてぞわりと腰骨が疼く。


「あ、の…」

「なんすか」


こんな筈じゃなかったって言う展開が多すぎて、未だに肝心な事を何一つ伝えられていない事がもどかしい。どう切り出すのが一番良いのかわからないけど、思ったことを素直に言葉にする事が出来れば、きっとわかってくれる。
そう思った。


「……ごめんなさい」


自分の気持ちを言葉にするのはとても怖い。
弱い心が邪魔をして、声が出なくなってしまう。

そして後に残るのは強い猜疑心と歯がゆさ。


「も、もっと早く…話していればこんな事にならなかったのに」

「……」


なのに今日は背中に感じる温もりのお陰か、榎本さんの纏う静かな空気のお陰か、きちんと言葉に出来ているような気がした。



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