10

両手を床に付いて何とか自分の体を支えれば、目の前にしゃがみ込んだ理事長に乱暴に顎を捕まれた。


「ひ…っ、い、痛い…」


尻尾は踏まれたままだ。


「ふふ…良い顔」


痛みだけしか感じていないはずなのに、何故か下腹部を中心に疼きがじくじくと広がっていく。

それをどうにかやり過したくて頑なに目を瞑るけど、髪をさらさらと撫でてくる理事長の高めの体温に余計煽られて、僕は乱れ始めた呼吸を整える事が出来ないでいた。


目の前がチカチカして、もう訳が分からない。

がくがくと膝が笑い、言うことを聞かない。
額には脂汗が滲んでいるし、何より熱が隠り始めている股間がシャツの裾を押し上げ始めていた。


「あ゙っ、…も、おねが…っ!」


力の入らない手を伸ばして目の前のシャツにすがりつけば、ちょっと驚いたような理事長の顔。


お願いだから、早く靴をどかして欲しい。
じゃないとどうにかなってしまいそうだ。


「…はあっ…はっ……く、くつ…を…っ」


理事長の形の良いちょっと厚めの唇を真っ赤な舌がゆっくりと時間をかけて舐めあげるのが見える。


「お前は本当に――」

「え、――…っ!?」


次の瞬間、視界が反転して頭に鈍い衝撃を受けた。


「本当に男を煽るのが上手いんだから」


尻尾は痛みから解放されたけど、僕は床に押し倒されていた。


「え…っ、ま、待って…っえ、えのもとさんは…?」

「?榎本君なら急な来客があったからそっちに行ったよ」

「え…」

「ああそうか、仮眠室に近づくなってしつこく言ってたのは樹君が居たからだったんだね」


覆い被さるようにして喋る理事長の唇が近づいてきて、啄まれるだけのキスが落とされる。


「ふふ、随分苛ついてたみたいだけど何か怒らせた?」

「…そ…れは…」

「ん?あ、待って。ちゃんと話聞くからベッド行こう」


紡ごうとした言葉を理事長の人差し指で遮られてしまう。
確かに脱衣所に寝転がってする話じゃないなと素直に言うことを聞いてベッドをソファー代わりに腰掛けた。


「それで?どうして樹くんがそんな泣きそうな顔してるの」

「……ぁ…」


声が震える。
いつだって自分の非を認めるのは怖い。
それを言葉にするとしたら尚更。

でも理事長なら榎本さんがあんなに怒った理由がわかるかも知れない。


「…じ、実は…今日――」


そんな気持ちを汲み取ってなのか、甘やかすように頭を撫でてくれる手と、優しげに細められた茶色の瞳に促されて、僕はぽつりぽつりと今日あった事を話始めた。




「ふーん…なるほどね」


理事長は僕の話が終わるまで、頭を撫でたり白いふわふわの方の耳を弄ったりしながら聞いていてくれた。


「……たぶん、禄な抵抗も出来ない僕に、…嫌気が差したから…」

「うん」

「…だから、怒ったんだと思って…」

「謝ったんだ?」

「はい。でも、違かったみたいで…」


さっきの榎本さん本当に怒った顔してた。
まるでどこにその怒りをぶつけて良いのかわからない…みたいな。


「……榎本くんて普段無表情だし何考えてるかわからないからクールに見られがちだけど、実は結構熱い男で」


言葉を詰まらせた僕を窘(たしな)めるように口を開いた理事長の表情はとても穏やかだ。


「一度守りたいと決めたものはどんな事をしてでも守り抜きたいたいと思うんじゃないかな。一昔前の騎士みたいだよね」


そう言われて僕はハッとした。


『俺が、協力してあげますよ。あの人が近づかないように』

あれはもしかしてそう言う意味だった…?


「……あ…」

「何か思い当たることでもあった?」

「は、…はい」


そうだ、あれから榎本さんは定期的にメールをくれたし、理事室に書類を渡しに行った時も他愛のない話に混じって何かと僕を気にかけてくれていた。


榎本さんは理事長からだけじゃなくて、他からも守ってくれようとしてたのかもしれない。


「…、…でも…僕は男です」

「うん」

「…体はごつごつしてるし、背だって榎本さんより高いし」

「うん」

「そんな男を、…守りたいと思うでしょうか」




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