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理事室の奥に備え付けられた仮眠室。
その更に奥の蒸気で曇る浴室内に僕は居た。
もちろん理事室の中を通ってきたけど理事長の姿はそこには無かった。

榎本さんに背中を押されて、まだ冷たいタイルに体を打ち付けられた。


「…っ」


頭からシャワーの冷たい水がまともにかかって、水分を吸ったシャツはあっという間に重たくなった。
恐る恐る伺い見た榎本さんは、静かな怒りを顔に張り付けたままこちらを見ている。


「…汚い。洗って」


そのまま音も立てず扉は閉まって、榎本さんは出て行ってしまった。


『汚い』


聞き間違いなんかじゃない。
確かにそう言った。

冷たい水がお湯に変わり体が徐々に暖まっていくのと比例して榎本さんが発した言葉が脳の奥の方まで染みていく。


「………」


そんなの、わかってる。

自分でも自覚してるつもりだったのに。

ガンと頭を打ち付けたように目の前がぐらぐらする。
地に足が着いていないような気がして思わず俯けば泥で薄汚れた衣服と、ゆらゆらと蠢く濡れそぼった尻尾が映った。

もしかして榎本さんは泥にまみれた衣服や外面的なことを言ったのかもしれない。
だけど、妙に悲観的になっている僕には、僕自身のことを言われているような気がして目頭が熱くなった。


「…え…もとさ…」


声はシャワーの音で瞬く間にかき消されてしまって、それが榎本さんとの心の距離のように感じた。





よろめきながら泥の付いた髪と体を隅々まで洗い、次に泥まみれだったTシャツも洗った。

浴室を出るとドアの横にステンレス製の脱衣籠があり、タオルとYシャツが綺麗に畳まれて置いてあるのが見えた。


「…あ、あれ?」


ところが、広げて見てもひっくり返してみても、その他には下着もズボンも見あたらない。

男なんだから恥ずかしがる事なんてない、そう言い聞かせてとりあえずそれを身につけてみるけど、鏡に映った自分のあまりにも間の抜けた姿に言葉が出なくなった。

足の付け根ギリギリの長さの裾は手で押さえてないと今にも性器が見えそうだし、後ろ姿を鏡に映せば尻尾がシャツを押し上げてチラチラとお尻が見え隠れしている。


「…っ」


脱衣所から顔を出して外の様子を確認するように見渡すと誰も居ないみたいだった。

運ばれて来たときは周りを気にする余裕なんて無かったから分からなかったけど、仮眠室と言うにはもったいないくらいの立派な部屋で、キングサイズのベッドに、部屋の壁には映画を見たりするのかプロジェクターに巨大なスクリーン。

全体的に黒で統一されている部屋に度肝を抜かれていると、理事室から続くドアノブが音を立てた。
まごまごしているうちにドアは開き、スーツケースを持った理事長と目があってしまう。


「……!」


首を絞められたみたいに息が詰まる。
何故か咄嗟に身を隠してしまった僕は、どうしていいかわからず、思わずしゃがみこんで頭を抱えた。


もう既に理事長から自分の存在が確認されているにも関わらず、往生際の悪い事を考えてしまう自分が嫌いだ。


「樹くん。頭隠して尻隠さず、だよ」

「ひ…っ!?」


飛び跳ねてしまう程の痛みに振り返ると、痛みの元の尻尾は楽しそうに笑う理事長の革靴の下敷きになっていた。


「なに、してるのかなあ?」

「――りっ、…ち、ちがうんです、これはっ」

「違わないでしょ。そんな格好して」


目は獰猛な獣みたいにギラついてるくせに、余裕の笑みを浮かべてる理事長が怖くて、僕は咄嗟に腰を引いた。


「いあ゙っ!?」


さっきよりも強烈な痛みが走って、体がひきつったように動かなくなってしまう。
踏まれた先の尻尾がピンと張ってびくびくと震えているのが見えた。
どうやら理事長が更に圧力をかけたらしかった。

体の力がガクンと抜ける。


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