8*

「……」

「…………」


相変わらず表情の読めない榎本さんの片手には土まみれのまま、あの花壇に置き忘れてきたはずの僕のつなぎが握られている。

…それを見て、探してくれたんだろうか。


「…あ…ぇのもと、さ」

「立て」

「…ぅ、わっ」


ばさっとつなぎが投げられて、頭にひっかった土がぱらぱらと床に落ちた。
顔に少しかかったけど元から僕は土まみれだったので、気にならなかった。

払おうにも手はネクタイで縛られたままだし、救いをもとめようと右手を腰に添えて立っている榎本さんを見上げる。


「そんな顔しても駄目。立って、服着て」

「…、…………はい」


榎本さんが、すごい怒ってる…。


ちょっと怖いけど
いつも優しくて

守ってあげるって言ってくれた榎本さんが、怒ってる。


じわっと涙が滲んだけど、何とか堪えて、震える足に力を入れた。

言う事を聞かなくちゃ、と思った。

どうしよう。嫌われたくない。


「…っ、ゎっ」


ドサッ


やっぱり腕を後ろで縛られたままじゃバランスが取れなくて、体が横倒しになってしまう。

淫行の名残が色濃く残ってる下半身をだらしなく曝け出したまま、うつ伏せに倒れた僕。


「………腕解いて、くれないと、服着れな…」


榎本さんは無言のままだ。
僕をジッと見たまんま動く気配もない。


「……えのもと、さ」


その無言が居たたまれなくて膝が顔にくっつくくらい足を折り曲げて、隠れるようにぎゅっと体を丸めた。


「……ごめ、…なさ…」


声が震えて、下唇がひくひくする。


「……ふ…っ」


嗚咽を我慢する為に限界まで止めていた息を、ちょっとだけ吐き出した瞬間震えた息が漏れてしまって、しまったと思った。

泣きそうだって、バレてしまったかもしれない。
このぐらいで泣くなんて面倒臭いってきっと呆れられる。


「…………」


沈黙が重くのしかかってきて、余計僕は鼻の奥がツーンとした。


「……はあ」


あきれたような、仕方ないというようなため息が聞こえて、さらに体が強ばった。

すぐに靴音が近づいてきて、キツく縛られたネクタイが解かれた。


「――俺が」


漸く解放されて、痺れて痛む腕を擦りながらのそりと起きあがる。
太股に肘を乗せて手に取ったネクタイを折り畳んでる榎本さんの眉間には、深い皺が寄っていた。


「何で怒ってるかわかってます?」

「…、…え……?」


榎本さんが
なんで怒ってる、か?


「適当に謝ってんだろ」


海よりも深い色の青い目にギロリと睨まれて、喉の奥がヒュッと鳴った。


「ち、ちが…っ」

「謝ればどうにかなると思った?」


榎本さんは僕をじ…っと見たまんま言った。


「俺がどうして怒ってるかわかるまで、許しませんから」


いつもと違って、低い声で威圧するように喋る榎本さんに、くしゃりと顔が歪んで、目尻からとうとうぽろぽろと涙がこぼれていった。

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