終わる平穏

その晩、夢を見た。


外はまるで風と雨とが獣の唸り声のように強く鳴り響いていて、使い古したベッドのすぐ脇にある窓枠はガタガタと雨風の強さを訴えている。

どんなに寝汚い者でも起き出してしまいそうな騒音なのに、普段は寝付きの悪いはずの彼は、何故か死んだように動かなかった。


夢の中では、ぴんっと張ったシーツのように波一つたたない水面をジッと覗き込む自分。

それはどこまでも透き通って、日の光で煌めき、辺りはぐるりと青々とした木で囲まれている。

五感が感じ取っているのか樹木の瑞々しさと空気の清潔さも、見渡した訳では無いのにわかった。


不気味な程静まり返った風景には目もくれず水面を見つめる。


辺りに音は一切無い。

鳥の声や木々が擦れ合う音ぐらいしてもいいのに、息を吐くのも躊躇われるほどの静けさ。

動きを見せない水面を疑問に思う事もせず、ただジッと見つめていた。


そう、ただジッと見ている。

そういう夢だった。


その夢はここ数日毎日のように見る夢で、しかも決まってこの景色だった。

さすがに何度も何度も見るので、何かの前触れなのかと考え込むこともあったが、その内考えるのをやめた。

だから今日も『ああ何だ、またこの夢か』と傍観者を決め込むはずだったのに。


なのに、何かいつもと違う。

何かが違うんだ。


いつもは水面をジッと覗き込んでいる自分を、数歩下がったところからもう一人の自分がジッと見ている、という夢だった。

後ろで見ているのが、自分のはずだったのに、この日は屈んで湖を覗き込んでいるのが自分だった。

湖を覗き込む為についた手の下敷きになってしまった青々とした草達が生暖かくなってきた頃、ふと思った。


『もしかしたら自分は何かを待っているのかもしれない』


瞬間我に返り、頭を振った。


待ってるかもしれない?

なにをだ。

自分がこんな所で何かを待っているはずがない。

第一こんな場所には覚えがないし、これは夢だ。


覚えがない?

本当に?


――本当に…………?


水面に映る自分の顔に問いかけるように、ぱちり、と瞬きをした刹那、水の奥底でどす黒い“何か”が蠢いた気のが見えた。

確かめるように更に身を乗り出した瞬間、今までピクリとも動かなかった水面が波紋を生み静かに揺らめき始める。


(やばい…っ)


そう思ったときにはもう俺は水の中に飲み込まれた後だった。


そこには、一筋の波紋だけしか残らなかった。






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