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「て、停学…?」

「そ」


いつから僕は赤井くんのものになったのかなんてこの際どうでもいい。
停学という単語が余りにも衝撃的すぎて思わず聞き返していた。

青柳くんの肩越しに窓を開けたりベッドの上で汚れたであろうシーツを手慣れた様子で剥ぎ取ったりしている保険医さんがみえる。


「あの後もお前探すのに可哀想なくらい必死でよ。荒れに荒れた末の喧嘩沙汰で停学だよ。せっかくお前が黙ってたお陰で無罪放免だったのに墓穴掘りやがった。いやあ、あれは笑えたね」


青柳くんは形良く整った眉を心底バカにしたように下げ、これまた形良い唇を片方だけ持ち上げて、鼻で笑った。
可哀想だなんて微塵も思ってないのは丸分かりだ。


「ま、とにかくよ。あいつにやり込められたくなきゃ背後には気を付けた方がいいぜ。赤井はてめえの顔なんざ覚えてねえだろうし、人の判断基準はケツの形だからよ」


特別お尻を好んだ経験がないので形にそんなに差があったなんて初めて知った。
どうやら赤井くんは常人とはかけ離れた能力の持ち主らしい。


「まあ俺的には断然こっちの方が好みだったけどな」

「……いッ」


痺れるような鋭い刺激が抓ったところから伝わってきて唇からひきつった音が漏れた。


「ちょっとこれ小一時間貸せよ、な?そしたらお前の味方になってやってもいいぜ」


目の前の狡猾な生き物は同意を促すように優しげな声音で囁く。
優しげな。
そう、ただそれだけ。

この甘い囁きに騙されちゃいけない。
自ら底無し沼に足を突っ込んでるようなもんだ。
胸の突起を見事一発で探り当てて、これでもかと捻りあげている癖に、だ。
いつもより薄い布地で覆われたそれをぐりぐりと潰すように弄くる手を遮り、もう片方の手でちょうど僕の目の高さくらいにある肩を押し返した。


「や、やめ…ッ」

「あ?」

「ひ…っ、い、痛い…っ」

「用務員風情が拒否ってんじゃねーよ。黙ってたってことはお前も満更でもなかったって事だろうが」

「ち、ちが…あ、あれは…!も、もしバレちゃった、ら、ここで働けなくなる、と、思って…ひっ」

「うるせェ…」


潰すように人差し指と親指でホールドされた乳首を捻りながら引っ張られて、情けなく顔が歪む。

「ゃ、ゃだ……ッ」


肩を押し返していた手に更に力を込めたと同時に、スラックスに納められていた携帯が場違いな軽い音と共に震えた。


「あ、あ、……あの」

「チッ、気が削がれた。出ろよ。薫ちゃん、シーツ」


青柳くんは興を削がれたようで、すんなりと僕の側を離れ、薫ちゃんと呼ばれた保険医さんの所へ近づいていった。
離れていった青柳くんの背中をこっそり睨みつけた。
言葉で表し辛い良くわからないモヤモヤが今にも溢れだしてきそうで、心臓の下らへんがシクシクと痛んだ。
それを誤魔化すようにぎゅうっと下唇を噛んで、スラックスの中の携帯電話に手を伸ばす。


「…っ、はい。ぁ、藍沢です…」

『榎本です』

「は、は、はぃ……ッ」


これはいつものことだけど榎本さんの凛とした声を聞いて、何か細長いものが背中に一本刺さったようにぴっと背筋が伸びる。
今されていたことを考えると殊更だ。
自分が悪い訳じゃなくても後ろめたさのようなものを感じてしまう。


『………どうかしました?』

「………………え」

『いや、何でも』


ヒヤッとした。
今僕に起きた出来事が電話でわかるわけなんかないのに。
電話を握る手に汗が滲む。


『急ぎなんですが、ちょっと資料を運んで貰いたいんで理事室まできてもらえますか』

「す、すぐ、行きます」


『……………………じゃ、よろしく』


電源ボタンを押し通話を終了させたあと、全身から力が一気に抜けていったのが自分でもわかった。


「あら?あらあらあら?何か急に顔色悪くなってない?ちょっと、大丈夫?」


携帯を握ったまま、固まっている僕に気づいて、先生が顔を覗き込んでくる。
向こうでシーツを抱え込んだ青柳くんがにやりと笑ったのが見えた。


「だ、大丈夫です」

「そう?でも何だか真っ青よ」

「いえ、本当に大丈夫ですから…っ、ぼ、僕、もう行きます…っ」

「ちょ!ちょっと!手当ては!?」

「あ、も、もう、大丈夫、です」

「だーめ!だめだめだめだめ!急いでるんなら薬だけあげるから!毎日朝晩塗ること!出来ればガーゼ当てたりして保護してあげて。あ!火傷してる場所以外は塗っちゃだめよ!」

「え、あ、わ…っあ、ありがと、ございます。じゃ、僕はこ、これで…。し、失礼しましたっ」

「ちょ、ちょっと!酷くなるようならもう一度ちゃんと診せにーー、って行っちゃった…。あの子本当に大丈夫なのかしら」

「くくく…っ」

「ちょっとあんた!笑い事じゃ無いわよ!あの子でしょ?あっちゃんのラブな子って。人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んぢゃえって昔のひとが言ってたわよ」

「ラブ?ハハ…ッ、あいつのはそんな可愛いもんじゃねえよ。ただ自分の思い描いた理想がたまたま存在しちまったもんだから気が触れてるだけさ。馬に蹴られてなんとかは聞き飽きたが、俺は昔っから人のオモチャが欲しくなるタイプなんだよ」

「まったく…悪趣味。はぁ〜あ、変なのに目え付けられちゃってホント可哀想な子…」

「くく…っ」

「いつまでもニヤニヤしてないでさっさとそれクリーニングだして授業戻りなさいよね!」

「へえへえ」



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