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僕の中の何かが逃げろと言っていた。
その本能に従い勢い良く方向転換し走り出そうとしたとき、何かに顔から思いっきりぶつへかってしまった。

それはすぐに重厚な肉塊だとわかる。


いつの間にか医務室の扉の前に押し戻されていた僕は目の前の人の大きすぎる違和感に目を白黒させた。


「あらあらあら?わたしの医務室に何かご用?」


見た目は大きな熊みたいな体躯なのに言葉遣いや仕草は某二丁目のそれで、口元に添えられた手の小指がピンと立っている辺り違和感が半端ない。


「あ、の。火傷……してしまって…」

「まあ、たいへん!あら、たいへん!見せてごらんなさい!あら!?あらあらあらあら!これは大変!低温火傷かしら。低温火傷ね!早く手当てしなきゃ!低温だって甘く見てると酷く爛(ただ)れてきちゃったりするんだから!あたしが昔病院に勤めてたときの患者さんで低温火傷ほったらかしにして皮がベロ〜ンて剥がれちゃった人がいたのよね……って、あら?鍵、開いてるわね。ん!?あたし閉め忘れたかしら?いや、閉めてった!閉めてったわ!確実に!閉めてったわ!」


いきなりシャツを引き摺りだされ腹部を観察されたと思えば物凄い早さでベラベラと喋りまくられてしまい、頭の回転が遅い僕にはまるで付いていけない。


「……チッ…………さては無断で誰か使ってやがるなこの野郎」

「……!」


意図的に高く出していた声がいったん途切れ、急に大柄な男のだみ声に変わった。
ひょっとすると2メーターくらいあるんじゃないかという体格に、Yシャツにスラックスというシンプルな出で立ち。
短めに切りそろえられた髪は坊主というよりスキンヘッドに近い。左耳には金色のリングピアスがキラリと光っていて、オマケに今は顔面が般若みたいになっていた。

この人が女性言葉を使っていなかったらヤクザか取り立て屋にしか見えなかっただろう。


「チッ!!」


彼は再び舌打ちをするとドアをガラッと開け、室内に入ると迷うことなく問題の一番奥のベッドに近づいていった。
そして締め切られていたカーテンを一瞬の躊躇いもなく開け放った。


一瞬無言の後、少し間が空いてから女の子のような悲鳴が聞こえる。


「きゃーーーーっ!???」

「うるせぇ!カマトトぶってんじゃねえわよ、クソビッチが。……あたしの留守中においたしちゃダメよ、青柳ちゃん。あたし好みのイケメンだからってなんでも許して貰えると思ったら大間違いなんだからっ!」

「…んだよ。もう帰ってきちまったのか。少しくらい気ぃ利かせろよな」

「キィーーー!何よえっらそうに!ムカつく!けどイケメン!まじイケメン!例え中身は伴わなくともツラだけは良いなんて卑怯だわ!


…………目ぇ瞑っといてあげるからそのいか臭いシーツ、ちゃんと取り替えてってよね」

「へいへい」


シャッ、と保健室のカーテンのくせに触り心地の良さそうなそれが更に開き、当の本人と目がガチリと合う。


「お?…は、藍沢ちゃんじゃねぇの」

「わ…っ」


ずんずんと大股で近付いて来られて僕は慌てて後退り距離をとった。

だって、青柳君の格好があんまり乱れていたから。


Yシャツのボタンは全開で、そこから覗く肌は見てわかる程汗ばんでいる。
おまけにズボンのチャックもおろしたまま。
さすがに逸物は仕舞われていたけど、明らかに事後だと言うことを物語っていた。

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