3
それから早川先生は「もう行って。服は処分しておいてあげるから」と言って自分の仕事に手を付け始めた。
身につけていた洋服は、いずれも着古したTシャツとつなぎを作業着にあてたものなので、「助かりました。本当にありがとうございました」と言ってその場を後にした。
ああ、良かった。
本当に良かった。
早川先生は良い人だったし、何時になく上手く話ができた。
僕はラーメンをひっかけられた事も忘れるほど上機嫌だった。
スキップしたいくらいだ。
これで、クビにならなくて済む。
そう思っただけで顔が綻んだ。
ふと思い出したのは英君の顔。
元を正せば今日の一連の不幸の始まりは彼だ。
もっとも彼に悪気は無かっただろうし、あんな事くらいで動揺してしまったのはメンタルの弱すぎる自分が悪い。
だから彼を責めるつもりはこれっぽっちも無いけど、ほんのちょっとでも英君のせいにしようとしてしまった僕は良心の呵責に苛まれ、勢いでポケットに入っている紙きれを取り出した。
紙が震えてよく見えないなーと思ったら震えていたのは紙じゃなくって僕の指だった。
おまけに携帯をいじくる手も震えていたもんだから始末に負えない。
今時の若い子に有りがちの短くてセンスの良さげなメールアドレスを馬鹿みたいに時間をかけて一個一個入力していく。
ちょっとだけ考えた後本文も入力し、確認しようとしたら間違えて送信ボタンを押してしまっていた。
なんか文字が変な風になっていたような気がするけど怖いので見ない事にしてそのままポケットへと閉まった。
立ち止まっていた人気のない廊下を再び歩み始める。
姿は見えないのに廊下の奥まった場所からは生徒達のはしゃぐ声が聞こえた。
それから僕は緊張の余り、それを忘れていたことをまたしても深く後悔することになる。
Yシャツの下。
平均的な成人男子と比べると明らかに皮膚が薄く、ちょっとの刺激でも反応してしまう僕の肌。
真っ赤になったお腹。
そう、低温火傷の恐ろしさを。
[ 45/50 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]