早川先生って謎だ
一度見ただけで思い出してしまうくらいこの人の出で立ちは特徴的だった。
誰も寄せ付けたくないと言わんばかりの長い前髪と、ぶ厚いレンズの装着された黒縁の眼鏡。
面長で顎には無精ひげを生やし、眼鏡の奥からはぎょろりとした目が覗く。
極めつけは白衣で、本来眩しいほどの純白を保っていなければならないそれは、かなり薄汚れていて黄ばんでいる。
最早何の為に着用してるのかわからない程だ。
上から下まで記憶を辿るように見てしまってから慌てて目を反らしたけど、確かにこの人だった。
僕が初めてこの学園に来た日、とても怖い目にあわされた時に助けてくれた人。
その時のお礼を言いたいのに中々言葉が出て来ず。
視線だけはふよふよと動くけど口は少しも動かなくて、そこには変な空白が出来てしまった。
もしかしたら僕のことなんて覚えてないのかもしれない。
だってあの時の接触時間はほんの10分にも満たなかったし。
そうだ!覚えてなければそれで良いじゃないか。
記憶が無ければ弁解する事も口止めする事もしなくて良いのだから。
緊張してカラカラに乾いた口内を潤そうとごくりと喉を鳴らした拍子に漏れたのは何も意味を成しそうにない「あ」の一文字だけ。
その間もじっと観察するように見られているのか、全身の至る所に視線を感じた。
「……藍沢…樹…」
早川先生は良く耳を澄まさなければ聞こえないくらいの本当に小さな声で僕の名前を口にした。
「…っ、はい」
反射的に顔をあげ、慌てて返事をする。
「なんで君はいつもそんな…」
ぼそぼそと独り言のように小さな声で喋るのはこの人の性質なのだろう。
聞き取れ無かったのは語尾だけじゃない。
「新しい物が、ちょ、ちょうどあるから、、その…、生物室に」
「?」
この時点で眼鏡をくぃっと上げられてしまったので目は見えなくなった。
「さ、サイズは、…違うだろうがその服よりは、ま、マシだろう」
…どうやら、新しい服があるから貸してあげるよ、と言うことらしい。
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