きいちくん
「僕ね、ずぅーっと会いたかったんだ」
怪しく微笑んだまま一歩ずつ歩みを進めてくる。
「なんで、鍵」
「だってこうでもしないと今にも逃げ出しそうじゃない」
狭まる距離に戸惑い、僕は頭のてっぺんから棒が突き刺さったみたいに動けなくなった。
「そんな事ない?」
慌てて何度も頷く。怖い。
だって英君の目、ちっとも笑って無いんだもの。
「本当かなあ」
「…」
一見温厚そうに見える英君を何がこんなに怒らせてしまったんだろう。
喉がカラカラに乾いて声が上手く出ない。
「いくら待っても連絡くれないから避けられてるのかと思った」
「…っ」
「僕、ずぅーと待ってたのになぁ。お兄さんから連絡来るの」
「…、そ…っ」
「初めは無視されてるんだって悲しかったんだけどね。よおく考えて僕気付いたんだ。
“そっか、お兄さんは虐められたくて僕の気を引こうとしてるんだ”って」
息がかかりそうなほど距離を縮められて思わず息を飲む。
「違うの?」
すぐそこに長い睫毛に縁取られた綺麗な瞳が迫ってきていて、思わずずり下がれば背後の机がガタンッと音を立てて揺れた。
「な、無くしちゃって、、」
「へえ。生徒の個人情報を?」
「え」
「もしそれが本当だったらやばいんじゃなかなぁ。ただでさえこの学園てセキュリティー厳しいのに、バレたら一体どうなっちゃうんだろ。もしかしたら、クビになっちゃうかもね」
「……ッ」
「ね、本当は?」
「う」
迫ってくる彼から逃れようと体を仰け反らせる。
さっき重ねて置いたノートの山が背後でぐらりと崩れるのを感じ、反射的に体を捻るようにして手を伸ばした。
「ちょっ、あっ」
不自然に体を捻った僕は、バランスを保てなくりノート諸共崩れ落ち、あろう事か英君も道連れにして床へと横倒しになったのだった。
巻き上がった埃がブラインドの隙間から差し込む日の光に映しだされている。
「いっ、たぁ…」
「、、あ…っ!ご、ごごごめっ、だっ、大丈夫…?」
咄嗟に抱き込むようにして庇ったので落下してきたノート類はほぼ僕の背中で受け止めることができたみたいだった。
「平気だけど…」
後頭部をさすりながらゆっくりと起きあがった英君に、ほっとして息を吐いた。
「よ、良かった」
「!」
英君は僕の顔を見るなり、驚いたみたいに目を見開いたと思えば、慌てて斜め下を向いて俯いてしまった。
「…なんて顔してんの」
「……?で、でもやっぱ医務室に…」
手遅れになってはいけないと差し出した手は見事に払いのけられた。
「大丈夫だってば。それより、お兄さんの方が痛かったんじゃないの。めちゃくちゃ背中に当たってたじゃん」
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