謎の男
バタバタと階段を駆け下りる音はすぐに聞こえなくなると、手すりから身を乗り出して階段を見下ろしてた男の人の不機嫌そうにぶつぶつと呟く声が耳に入ってくる。
「ま、全く、あの不良どもときたら…。――き、き、君も早く服をき着なさい…っ」
追うのを早々に諦めたのか、清潔とは言い難い少し黄ばんだ白衣を揺らしながら近づいてくる。
早川は30代後半くらいの神経質そうな男だった。
長い前髪と黒縁の眼鏡で表情は見えない。
面長で顎には無精ひげを生やし眼鏡の奥からはぎょろりとした目が覗いた。
「す、すみません」
ち、近い。
異様に近い距離で、舐めるように上から下まで動く視線に身震いする。
股間は丸めた衣類で隠しているけど下半身丸裸なので、思わず身を縮こまらせた。
「き…君は、その、み、…未遂だったのかね」
「あ…、は、はい。み、未遂です」
「そ、その割には…」
「あ、あの、、服、着ても良いですか…?」
首筋に伸びてきた手が触れそうになった手に拒絶するみたいにびくりと体が跳ねる。
焦ったように出した声に、その手はぱっと引いていく。
「…ふんっ」
早川は不機嫌そうに顔を反らすと、僕からゆっくりと離れていった。
ようやく保たれた距離にホッとして体の力を抜く。
向かい側の壁に背を預けたらしい早川から引き続き発せられているねっとりとした視線を感じつつ、出来るだけそちらを見ないようにして座り込んだまま後ろを向き、膝立ちになりながらパンツに片方ずつ足を通していった。
手早く済ましてしまおうと思うのに、まだ上手く力が入らず必要以上にもたついてしまう。
「うわわっ」
つなぎに足を突っ込み、一気に腰まで引き上げようとした所で前のめりに倒れてしまう。
僕はお尻を付きだした格好のまま、大慌てで太股で止まったままだったつなぎを乱暴に引き上げた。
「――き、君は」
きちんと服を着終わり立ち上がると、今まで無言だった早川に突然話しかけられた。
腕組みをしたまま分厚いレンズの眼鏡を中指で押し上げて咳払いをしている。
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