秘書の弁解


「あ、の…」

「さっきの言い訳なんすけど」


居たたまれなくなって口を開いた瞬間、逆に話しかけられてびくっと身を縮こませる。


「副理事長ってのは代々理事長の指名で決まるんすけど。あの野郎…、朝比奈が新しい人見つけんの面倒くせぇっつって前の代の副理事長そのまま引き継いでしまって」


今確かにあの野郎って言ったのが聞こえたけど遇えて突っ込まずに話の続きを聞く。


「いざ側に置いてみると人の機嫌取るのだけ上手くて心底使えねぇし、挙げ句理事長の目が届かないのを良い事に生徒に手出したりしてたんで早々にお辞め頂いたんです」


要はその旧副理事長が現職に返り咲く野望を胸に、理事長のスキャンダルを狙って定期的に刺客を送り込んでくるんだそうだ。
それは一貫して女がほとんどだったし、最近ぱたっと気配が止んだって時に今日の一件があったもんだからすっかりそう思いこんでしまっていたらしい。

あんなにモテそうな理事長が男相手にサカってたなんて、認めたくないのも無理はない。


持っていたカップをテーブルの上に置いてから、僕に向き直ると深く頭を下げられた。


「本当にすいませんでした」

「…あ」

「あの人バリッバリのノンケだし、…するんだったら合意の上なんだろうな、と。決めつけてしまって」

「い、いえ。…僕も、こ、今後は気を付けますから」

「でも、あの人藍沢さんのこと相当気に入っちゃったみたいなんすよね。一回気に入るとストーカーみたいにしつこいし」

「……え…」


本来なら上司に当たる理事長に気に入られるのはとても光栄な事だけど、今の僕にはとてもじゃないけど素直に喜べそうになかった。
だって気に入られるの意味が違う。

理事長の荒い息遣いを思いだし、ぶるりと体が震える。

だって今日の朝からの出来事は僕の人生の中で二番目に怖い出来事だったから(もちろん一番は蝶子さんの記憶だ)。

ふいに掌をつんつんと突かれて、いつの間にか白くなるほど拳を握りしめていた事に気付いた。
顔を上げると相変わらずの読めない表情で口を開く榎本さん。


「俺が、協力してあげますよ。あの人が近づかないように」




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