パンドラの箱



side藍沢




僕の不運はもう11歳の時には始まっていたように思う。

まだ小学生だった頃の学校からの帰り道。その日は運動会で、半袖半ズボンの体操服姿のまま夕暮れ時の薄暗い道を歩いていた。
うちは母子家庭で、学校行事には一度も来たことが無い。
いつも一緒に帰ってる数少ない友人は、こういう日大抵家族で手を繋いで帰る。
その背中が凄く楽しそうで、一人でいる自分がなんだか恥ずかしくて、だから少しだけ遠回りして帰る事にしたんだ。

人通りの少ない裏道。
ちょっと暗い裏通り。

半分くらいまで来たとき、徒競走で転んだときに出来た傷の絆創膏が散々擦れたせいでペロンと剥がてるのが見えた。
紅く血が滲んでる。
一度気にしてしまうともう駄目で、その場にうずくまってしまった。
ふと辺りを見回すと人っ子一人いない路地裏がまっすぐ続いているのが見えた。
そのうち電柱の陰から人では無い恐ろしい何かが出てくるような気がしてくるから不思議だ。
誰かが付いてきてるような気さえする。
頭の中を心細さが支配して、次の瞬間僕はなりふり構わず駈けだしていた。

その時はもう夢中で、大人なら歩いて10分もあれば抜けられる距離が、その時は延々と続いてるように思えた。

大げさな音を立てて盛大に転んだ僕は右膝で体を庇う癖でもあるのか、徒競走で擦りむいた膝をまた擦りむいてしまった。

余りの痛さに涙を蓄えながらのそのそと顔をあげると、ちょっと離れた所に小綺麗な黒の革靴とすらりと伸びた足が見えた。
もしかしたらオバケかもしれないと思いながらも視線を移動させれば、日本人形みたいに綺麗な顔をした女の子が立っていた。
当時高校生だった彼女は優しげに微笑み僕の手を引いて起きあがらせると、手当をしてあげるから家においでと言った。
まだ幼く無知だった僕は、その美貌と彼女の人を惑わす妖艶な魅力に誘われるまま連いていってしまったのだった。

それからしょっちゅう会うようになったんだっけ。

彼女は神出鬼没で、ふらりと現れては僕に濃い記憶だけを残して去っていくのが常だった。
今思うと誘拐じみた出会いで、人見知りの僕があんな見るからに怪しい相手になぜ警戒を解いたのかは自分でも未だに謎だ。


蝶子さんに身体的な悪戯を施されるようになったのはずいぶん経ってからで、それまでは“たまに会える優しいお姉さん”というイメージで定着しつつあった。

もしも今タイムマシーンがあって、あの頃の自分にそれが策略の上に成り立ったものだと教えられたとしても、その時の僕は絶対に信じないだろう。
家にしょっちゅう遊びに来ていた蝶子さんは、その朗らかな人柄で長い時間をかけて周囲からの確固たる信用を勝ち得ていたから。
そんな彼女の事が僕も好きだったし、漠然とこの人とずっと一緒にいたいなぁと思った。


しかしそれらはすべて僕を追いつめる為だったと後に語ってくれた。

超がつくほど楽しそうに僕に手錠を填めた時の顔は一生忘れない。
出会ってからまもなく2年が経とうと言うのに、始めて見る極上の笑みだった。

その瞬間、控えめで清楚な大和撫子のイメージがガラガラと音を立てて崩る音を聞いたのは言うまでもない。




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昔の事を思い返しているうちにもう一時間がたってしまっていた。
現実逃避も程々にして、早く踏ん切りをつけないといけない。
あの資料が無いととにかく仕事にならないのだから。



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