理事長の憂鬱

side朝比奈


今日用務員として雇った男の母親は俺の年の離れた兄の同級生だった。
幼少の頃に見た彼女はまだ大学生で、始めて会ったときまるで天使か女神のような美貌に思わず見とれてしまった事を今でもよく覚えている。

月日が流れるにつれて姿を見ることも無くなり、すっかり思い出さなくなっていたそんなある日、兄からの突然の電話で彼女の息子が職探しで困っているから、うちの学園で面倒を見てくれないかと言われた。
用務員(別名、雑用係)の業務は若者がやるには少し酷なような気がしたが、コネ目当てで兄に連絡をとるやつなんて禄な者じゃないだろう、こなせないようなら散々扱き使ってポイすればいいかと二つ返事で了承したのだった。

なのになんだこの有様は。


「…なんとまあ」


うちの敏腕秘書の榎本 椿(エノモト ツバキ)君にきっついお仕置きをされた後にはもう遅く、彼は居なくなっていた。
がっくりと肩を落とす俺の前には、腕を組みながら仁王立ちする榎本君。
テーブルの上に置き忘れた用務員用と書かれたマニュアルを心ここに有らずな様子で見やると、俺の頭上で大きなため息が聞こえた。


「早くそのおっ立てたモノどうにかして下さい。てかあんたいつからホモになったんすか?女ならまだしもこんな事で仕事に穴あけるなんて、らしくない」


そんなの自分でもわかってる。
榎本君の言い分はその通りだった。

彼はアメリカ生まれの曾祖父の血を強く引いていて、金髪に青眼という非常に見目麗しい外見をしている。
にも関わらずアメリカの陸軍士官学校を主席で卒業するという遍歴の持ち主でもある。

故に彼は他人にも自分にも厳しい。

切れ味の良いナイフみたな目は睨まれたらひとたまりもない。
それに加え、陸軍時込みの光よりも早い左足の威力は身を持って実証済みだ。


「さっさと会議室来て、あのタヌキども黙らせて下さいよ。この資料は俺が藍沢さんに後で届けときますから、ご心配なく」

「え?!あ!俺が…っ」


樹くんが忘れてったという資料集をしっかりと小脇に抱えた榎本君は、こちらを一睨みしてバタンと扉を閉めた。

しかし一刻も早くこの熱を冷まさなければ本当に理事会をすっぽかす事になってしまう。
第一自分がいなければ会議自体が始まらないと言うのに。
煙草に火を付けながら熱くなりすぎた頭を冷やそうとソファーに体重を掛け天井に向かって煙を吐き出した。




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