ヒーローは遅れて現れる

理事長の肩越しに見える重く頑丈なはずの扉は砕けてはいなかったが、そのまま吹き飛ばされていた。
何が起きたのかわからず、驚きのあまり二人で目を見開いて固まる。

声も出すことができない。

重々しい両開きの扉があったはずのその場所には、阿修羅のような顔で金髪の外人さんが立っていた。

スーツの上着を肩に引っかけ、ベストの下のYシャツを肘まで捲りあげられている袖からは筋肉質な腕が覗く。
口元は笑ってるように見えるのに、毒々しい真っ黒なオーラが後ろからもくもくと吹き出して見えるから不思議だ。

まだ僕の上に乗っかったままの理事長は、さっきまでの飄々とした様子が嘘みたいにガタガタと震えていだ。

額に浮き出ている玉のような汗が、青ざめた肌の上を滑り落ちた。


「あんた、なぁにやってんすか」


怒気を含んだ低い美声が部屋に響いて、理事長の体がびくりと浮いた。

え、大丈夫なの?
顔なんか病的に青白い。


「えぇええ榎本くんっ、しゅ…っ出張は…?!」

「あちらの都合でね、早く切り上げさせてもらったんすよ。それより…」



ふたりの会話を聞き流しながら理事長が空気の抜けた風船みたいになってる今がチャンスだと気づいた僕は、すかさず床に視線を移した。
思ったよりも近くに落ちていた服を拾うため、上に乗ってる理事長を刺激しないよう気をつけながら震える腕で服を拾い、先走りでべたべたになってるお腹をパンツでせっせと拭った。

ツカツカと近づいてくる気配に気づいて動きを止める。


「ちょっ、まーーーー!!」


顔を上げようとする前に、切ないくらい悲痛な叫びと一緒にもの凄い早さで風が動き、




僕の上にいた理事長が消えた。



「え…」


「こっちはわざわざ出張切り上げて理事会に間に合うように帰ってきたっつーのによぉ」


理事長が居たはずの場所のすぐ隣に立っている金髪さんの視線の先を追うと、ソファーを挟んだ向こうに抉られた壁と廃人になっている理事長が見えた。

ここからは横顔しか見えないけど堀の深い顔立ちは外人さんにしか見えない。
身長はそれほど高くないけどガッシリとした体つきをしていてアクション映画に出てくる俳優さんみたいだ。


「待てど暮らせどあんたは来ねえしよぉ」


形の良い眉毛がつり上がってイラついたように語尾が強まる様子に、自分も申し訳なくなって服を強く握り締めた。

理事長に怒っているのはわかるけど、なんだか自分にも言われているような気がして。


高級そうなソファーを更に高級そうな革靴で踏み越えて金髪さんは理事長に近づいていった。


「電話も繋がらねえから心配して来てみれば……なんすスかこのザマは、ああ゙?」


「あああああ、ちが、ちがうんだこれは…っ、ごふぅっ!?」


ドスッ


「ぐあッ」



ガタガタと震えて声も出せないほど怯えている理事長の腹部に大きく振りかぶった重そうな右足が再びキマる。

後ろ姿しか見えないのでどんな顔で蹴りつけているのかわからないけど、声の調子の淡々とした様子から氷のような冷ややかさを感じた。


「理事会すっぽかして強姦とは良い度胸っすねえ」


ドスッ!


「もうやめで…っ、ごふッ」


金髪さんの喋った語尾の一文字と一緒に右足がまた深くめり込むのが見えて、まるで釘を打ち込まれた藁人形みたいにぐったりと動かなくなった。


「……お笑いだぜ。お偉いさん方に俺がクソミソ言われてる間あんたはお楽しみ中だったって訳だ」


ドスッ


肩に引っかけてるスーツが揺れる。
ぴくりともしない人間を蹴り続けるという一見すると残虐に見える行動も楽しんでるのか、時折弾む声にさぁっと血の気が引いていくのが分かった。




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