01 [ 30/32 ]
「雨降ってきたね」
「まじかよ!?」
窓の外ぱらぱらと音をたてて雨粒が空から落ちてくる。なんでだかわからないけれどいきなり伊織ちゃんに会いたくなった
(…伊織ちゃん、今なにしてるんだろうなぁ)
もう遅いし帰ってるんだろうな。今はとりあえずこの土方さんに出された課題を適当におわさなきゃ
目の前で唸りながら問題を解く平助を横目に見ながら、僕は全ての課題に土方さんの落書きを終わらせた
「平助、じゃあ、僕帰るから」
「はぁ!?もう終わったのかよ!?」
「うん、じゃあね。バイバイ」
僕は平助を置いて教室から出て、雨音だけが響く静かな廊下を歩いていく。いつもなら外から部活をやってる声が聞こえてくるのに今日は雨だからそれはない。
なんだか、別世界に切り離されたような気分になった。
どこまでもどこまでも静かな廊下と階段を進んでいく。そして昇降口に近づくにつれて、人の声が聞こえ始めた。2人の女の子の話し声。どちらも聞き覚えのある声だ
「傘持ってきてないよ…。どうしよう」
『うーん…。平助いるみたいだから待ってようか』
「うん」
伊織ちゃんと千鶴ちゃんだ。2人とも傘は持ってないみたいだった。
(…これは、チャンスだよね)
僕はそっと2人に近付いて、後ろから伊織ちゃんに思い切り抱き着いた
「伊織ちゃんっ!」
『!うわぁっ!?』
案の定僕が近付いて来ていたのに気付いていなかったらしく、伊織ちゃんは大きく体を震わせて声を上げた
「伊織ちゃん、びっくりした?」
『そ、総司先輩?なんだ、びっくりさせないで下さいよ』
「気付かない伊織ちゃんが悪いんだよ」
『うわぉ、無茶言いますねぇ』
伊織ちゃんを抱き締める腕の力を強めて、間に合った距離をつめる。目の前にある伊織ちゃんの髪に鼻を埋めるとシャンプーのいい匂いがした
『ちょっ、総司先輩が変態臭い!』
「失礼だなー。そんなことより2人は帰らないの?」
傘が無いから帰れない、なんて知ってるけどあえて聞く。あわよくば伊織ちゃんから誘って欲しいから
『あー、僕も千鶴も傘持ってなくて。この雨の中傘ささないのは流石にキツいと思って…』
伊織ちゃんの言葉に外を見てみれば雨はさっきよりもずっと強くなっている
「そうなんだ。僕、傘持ってるよ?」
『!本当ですか』
「うん。本当」
伊織ちゃんは嬉しそうに笑った。
やった、これで僕の好感度アップでしかも伊織ちゃんと相合い傘出来る…!
そう思って心の中でガッツポーズをしたのだけれど、僕の予想を裏切り、伊織ちゃんはあまりにも伊織ちゃんらしいことを言った
『じゃあ、千鶴を総司先輩の傘にいれてってもらえませんか?』
「へ?」
『多分平助が傘持ってるから僕それに入れてもらって帰ります。だから千鶴頼みますね』
にこにこと笑う伊織ちゃんに僕は気付かれないようにため息を吐く。そこに千鶴ちゃんの助け船が入った
「伊織ちゃん、私は大丈夫だから沖田先輩と先に帰って?」
『…え、でも……』
「大丈夫!それに私、平助君とは家が隣同士だから!平助と帰った方が沖田先輩にも負担かけないから、ね?」
『う、うん…』
千鶴ちゃんには弱いのか伊織ちゃんは少し困り顔になる
『じゃあ、せめて平助が来るまで待つよ』
どこまでも伊織ちゃんは伊織ちゃんらしいらしくて、千鶴ちゃんが心配なのか千鶴ちゃんを1人にしようとはけしてしない
「大丈夫だよ。私今から平助君のところ行くから。だから気にしないで沖田先輩と帰って?」
にこりと微笑んで千鶴ちゃんは伊織ちゃんの背中を押した。そして僕に口パクで「伊織ちゃん、よろしくお願いします」と言った。無意識に口元が緩む
『…わかった。気を付けてね、千鶴』
「うん。伊織ちゃんもね!」
「じゃあ、伊織ちゃん帰ろう?」
『はい。千鶴、バイバイ!』
「バイバイ!」
僕は伊織ちゃんの腕を引いて傘の中に入れると、学校を出た。
(あとで千鶴ちゃんにはお礼しなくちゃ)