学校内はバレンタインに浮かされた人で溢れかえっていた
あちこちから、甘ったるい匂いが放たれている
もはや学校がチョコのかたまりになったのか、という錯覚に陥りそうになるくらいに
そして、チョコが欲しくてひたすらにアピールする男子に、お目当てに向かってまっしぐらな女子
皆、皆、そわそわざわざわ
私の隣に座っている臨也も例外でなく、どこか落ち着きがないように見える
まぁ、ほとんどいつもと変わらないっちゃ変わらないんだけどね。
これは期待してくれてるってとってもいいのかなって少し自惚れた考えが頭に浮かんで、消えた
「臨也、今日家に寄っていきませんか?」
「…え?」
臨也に向かっていつもと変わらないように装ってそう告げる。
本当は心臓がうるさいくらにばくばく脈打っていて苦しいくらいだ。
断られたら、どうしよう。そんな不安も抱えながらそっと臨也を伺い見てみる
臨也は珍しく驚いたように目を見開いていた
「…行っていいの?」
「良くなかったら言ってないよ」
可愛くない返事、とかそんなの仕方ない。私はこれが普通なんだから
とりあえず、臨也に私の今の状態が悟られないように自然に顔を反らしておこう。
「わかった。じゃあお邪魔させてもらうよ」
「うん…」
今の私には臨也のにやけ顔を気にしている余裕なんて無かったらしかった
***
そして放課後。
臨也と二人並んで私の家を目指して歩く
誘ったときよりは、だいぶいつも通りになれていると自分で思う
「臨也」
「ん?なに」
「今日チョコ何個もらったの?」
「気になるの?」
嬉しそうに歪む臨也の口元。
…確かにこの質問は独占欲強いみたいであんまりよくないけど、なんとなく気になったんだから仕方ない
「菜音も意外とそういうの気にするんだ?」
「そりゃ、いっぱい貰ってたら色々考えますよ」
にやにや、と笑みを浮かべながら近付いてくる臨也。腰にまで手を回してくる始末だ
「俺、愛されてるんだねぇ」
「そりゃ、血糖値とか気になるし。私がチョコあげて臨也が病気になったりしたら目覚めが悪いじゃないですか」
「…なーんだ」
「だからいっぱい貰ってたら教えて下さいね?」
そうして私は臨也の手を、ぺっと引き剥がした
臨也は少し不満そうな表情をしたけれど、またすぐににやついた笑顔を浮かべた。
そんなこんなしているうちに、気付いたら家に到着。臨也を部屋に案内して、私はお茶とチョコを取りに向かう
…喜んでくれたらいいな
臨也の顔を思い浮かべて、少しだけ表情が緩むのを感じた
「…どうぞ」
「…へぇ、すごいね」
今回作ったのはガトーショコラ(甘さ控えめ)
臨也は私からのチョコを見て小さく微笑むと、一口食べた
もぐもぐとチョコを咀嚼する臨也。…ちょっとだけ感想を聞くのが怖い
「…ん、美味しいよ」
「よかった」
一口、また一口と食べていく臨也にほっと息を吐く。不味いって言われてたら普通に落ち込んだしね
「…菜音の手作りでもやっぱり敵わないよねぇ」
黙々と食べていた筈なのに臨也はいきなり食べていた手を止めてそんなことを呟いた
「なにに敵わないの?」
そう問うと、臨也は妖艶に微笑んだ。…あ、やばい
臨也は持っていたフォークをお皿の上に置くと、その手をそのまま私の顎に添える
そして次の瞬間にはぼやけるくらい近くに臨也の顔があって、息もできなくなっていた
「…ん、」
離して、と体を押せば案外簡単に離れてくれた臨也。でもその顔にはまだ笑みが浮かんでいた
「やっぱり菜音のが甘いね」
赤い舌で形のいい唇をぺろりと舐めるそのしぐさがなんだかとっても厭らしい
「ねぇ、菜音。今日はバレンタインだよね?」
「…うん」
「だから、チョコと菜音を俺に頂戴?」
意味がわからない、そう言おうとしていた口は臨也によってすでに塞がれていて、今日だけはいいかな、ってゆっくりと目を閉じた
―チョコより君
(甘くてとろけてしまいそう)
このあとの展開はお任せ
20120210