▼君の生まれた日に
「――菜乃、菜乃」
『…う、ん……』
誰かが名前を呼ぶ声が鼓膜を揺らす。その声は何だかひどく安心できるもので、微睡みを深くしていく。
「菜乃、起きて」
『…あとちょっと』
寝返りをうって布団を頭から被り直す。どんな素敵な声だって、やっぱり睡魔には敵わないものなんですよ。そう心の中で呟いて布団へと更に潜り込んだ
名前を呼ぶ声は少しこもって聞こえて、更に睡魔は強くなる
「菜乃。そろそろ起きないと、流石の俺でも手を出すよ?」
『…、?』
何か、すごく嫌な台詞が聞こえた気がする。のっそりと布団から顔を出して目を開いてみると、ひどくぼやける視界の中で赤色が揺れた気がした
「菜乃、起きたかい?」
『……、あかしくん…?』
「あぁ、おはよう」
『おは、よ…』
揺れる赤色から少し視線を下にずらすと、鈍い銀の光が目に入った。…銀の、光?
『っ!?』
すぅっと背筋の冷える感覚に慌てて飛び起きると、赤司くんの笑顔が目の前にあった。でもそれよりもさっきの銀が気になって急激に覚めた頭で赤司くんの手元を見てみると、やっぱり鋏が輝いていた。
「よかったな菜乃。起きるのがもう少し遅かったらお前の布団は原型をとどめなくなるところだった。」
『う、え…?』
「目が覚めたなら大丈夫だ。さ、早く着替えておいで。下で待っているから」
それだけ言うと赤司くんは私の上から退いて、部屋から出ていった。
…どういうこと?赤司くんがなんで私の部屋にいるの?
その理由は残念ながら覚めたといえどまだ寝起きの頭ではまともに考えることなどできず――
私はただ、赤司くんに言われた通り急いで制服へと着替える。そして着替えを済ませて一階へと降りていくと、玄関で赤司くんが待っていた。
「じゃあ、行こうか」
手を差し出してくれている赤司くんの元へ急いで行こうと思ったけれど、自分が寝起きの状態だったことを思いだし、申し訳ないけれど赤司くんに少し待ってもらい、寝癖直しと洗顔だけはさせてもらった。
流石に寝起きでどこかに行くのはキツいからね。
『お待たせ、ごめんね。赤司くん!』
「大丈夫だよ。じゃあ、今度こそ行こうか」
『うん!』
赤司くんに手を引かれて家を出る。
『赤司くん、どこ行くの?』
「ついてからのお楽しみ」
そう言った赤司くんに、私は頭に?を浮かべながらも手を引かれるがままについていった。
***
「菜乃。ドアを開けてくれるか?」
そしてやって来たのは帝光中の体育館だった。
『うん?』
微笑みながらすっとドアの前からずれる赤司くんに、また疑問を持ちながらもドアに手をかけて開いた瞬間――
パンパンパンッ!
「「「――Happy Birthday!」」」
クラッカーの音と色とりどりの紙吹雪が目の前を舞い、私は驚きのあまりただその場に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
(え、今何が起こった…?)
前を向けば笑顔、笑顔、笑顔のオンパレード。みんな、一人一人手にクラッカーを持っている。
「誕生日おめでとう、菜乃」
ぽんっと軽い音をたてて頭にのせられたあたたかく大きな手と、その言葉に私はやっとこの状況を理解した瞬間、どうしようもない嬉しさが込み上がって溢れてきた
『あっ、ありがとう…!』
どうしてか震える声でそう言葉を発すれば、みんな笑顔から更に優しい顔になって、もう一度「おめでとう」と言ってくれた
「なのちん、俺オススメんとこのチーズケーキ買ってきたから食べて食べて〜」
「菜乃ちゃん煮玉子好きって言うからお母さんにつくってもらってきたよ!」
「なのっちに皆でプレゼントも用意したっス!」
「お前の今日のラッキーアイテムも用意してやったのだよ」
「白月さんの好きそうな本、持ってきました」
「ほら、さっさと中入れよ。誕生日パーティーすっぞ。」
「菜乃、おいで」
今までこんなに幸せな誕生日ってあったっけ?
大好きな皆の笑顔、いつかのように飾られた体育館。
『――皆、ありがとう!』
大きな声でもう一度。
みんなに向かってお礼を言って、幸せが満ちるその場所へと赤司くんに手を引かれながら足を踏み入れた
(君の生まれた日に)
20121003
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