君はそう言って去っていく
『…はぁ、』
やっぱり面倒臭いことになった。
冷たい校舎の壁に背を預けながら、目の前の作られた顔を風景として、捉えた。
「あんたさー、しゃしゃり出できてうざいんだけどっ!」
「なんのつもりかしんないけどさー、調子乗んないでくれる?」
「黄瀬くんだって、あんたみたいの相手すんの内心嫌だって絶対思ってるからぁっ!」
そう頭の悪そうな罵倒文句を並べるのケバいのは多分、センパイ。同学年にこんなのいない筈だし。
いつになったらこのつまんないの終わるのかな、赤司さんに借りた本もうすぐクライマックスなんだけどな
……。
―パァンッ
『……っ』
突然頬に走った熱。
目の前には息を荒くしているセンパイ。
そっと頬に触れると少しだけ傷んだ
「聞いてんのかよ!?このブスッ!!」
ただ黙ってセンパイ方の言葉を無表情で聞いていたのが気に食わなかったのか、1人のセンパイが私の頬を叩いたらしかった。
長い、長いつけ爪が頬を引っ掻いて、ぴっと一直線に赤が滲んだ
「っ何とか言えよ!!」
それでも尚言葉をはっさなかった私に苛立ちを覚えたセンパイは、一度私を叩いたことで自信だかなんだかを抱いてしまったらしく手を振り上げて、私目掛けて勢いよく振り下ろしてきた。
…また、叩かれるのか
なんでもいいから、早く終わらせて。私は本が読みたいんだから
また頬に走るであろう熱に多少の覚悟を決めたとき…、パンッと乾いた音が響いた
「―――何、してるんスか…?」
目に映るのは私を守るように立つ大きな背中。そして目を見開いているセンパイ方。
パンッと響いた音は、黄瀬さんがセンパイの手を払った音だったらしい。
「ナツちゃんに、何してるんスか?」
いつもより低い黄瀬さんの声。私からじゃ黄瀬さんの表情は見えないからよくわからないけれど、センパイ方は「ひぃ」と声を上げた。
「ち、違うの黄瀬くん!これにはわけがあって…!」
「そうなの黄瀬くん!聞いて!!この子が悪いのっ!」
涙目になりながら黄瀬さんに向かって何かを叫ぶセンパイ方は、さっきまで私を罵っていたとは思えないくらいに顔をぐしゃぐしゃにして、黄瀬さんに必死に自分達は悪くないと伝えようと騒ぐ、騒ぐ
「――言い訳なんていらないっスよ。」
でも、黄瀬さんはそんなセンパイ方を簡単に一蹴した。
「オレの大切なナツちゃん傷付けたのには変わらないんスから。……許さねぇ」
そう冷たく吐かれた言葉がとどめになったんだろう。センパイ方はすっかり化粧の崩れた顔を覆ってどこかへ走り去っていった
そしてセンパイ方が完全に見えなくなった直後、黄瀬さんはすごい勢いで振り返って、心配そうな目で私を見てきた
「ナツちゃん!他に怪我はないっスか!?」
『大丈夫です』
「あぁ、でもナツちゃんの頬から血出てる!ほ、保健室!保健室行って急いで消毒しないとダメっスね!」
『大丈夫です』
肩を掴んでいる黄瀬さんの手を払い除けて、私は黄瀬さんと視線を合わせた。
『だから、しばらく私に近寄らないで下さい』
「……え」
驚きに見開かれる黄瀬さんの目。
私は最後にそれを見て、黄瀬さんに背を向けた
20121105
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