甘さを苦さに変えて



『あ、シズ。おかえりー』

「あぁ、ただいま」


名前の家に着き、ドアを開ければいい匂いが腹と鼻を刺激する。…今日も疲れた。

洗面所に行き手を洗ってうがいまできちんと済ませてから名前がいるリビングへと向かう。ちゃんとやらねぇと名前がうるせぇからな。『体がいくら丈夫でも、油断大敵だからね。』ってな。

リビングのドアを開ければさっきよりもいい匂いがはっきりと分かる。今日は肉じゃがみたいだな

ソファーに座り料理を作る名前を見る。邪魔にならないように束ねられた髪とか、エプロンとか…なんかいいよな。って俺は何考えてんだよっ!

気をまぎらわす為にニュースの流れているテレビの方へと意識を変える。

そうしていると、名前が傍に来る気配。何か用があるのかと名前の方を向けば名前が困ったような顔で俺に缶を差し出してきた


『シズ、あのさ。よかったらこれ飲んでくれるかな?』

「あぁ、いいぜ」

『ありがとう。もらったんだけど私そういうの駄目で…』

「そうなのか」


名前が駄目なものなんて珍しい。そして俺は名前から缶を受け取って後悔した。そこには「ビール」と書かれていたから

(…マジかよ)

俺はビールが苦手だ。ていうか嫌いだ。あの苦味がとてつもなく大嫌いだ

冷えた缶ビールを片手に俺は一人、悶々と考える。ビールは嫌いだ。ものすごく嫌いだ。でも名前の頼みを断ることなんて出来やしない。名前があんなに困った顔をしていたんだから俺は名前の力になってやりたい…


「…よし」


俺は決意した。この缶ビールを飲むと。プルタブに指をかけて引けばプシュッという音をたててビールが開く。缶をもう一度だけ見たあと、俺は缶を口に当て一気にビールを喉へと流し込んだ


「――っ」


にげぇ、てか不味い。
缶をテーブルに置いて息を吐くと、名前がにやつきながら俺の隣まで近付いてきた。なんだ?


『…シズ。ビール飲みきったんだ、美味しかった?』

「…あぁ、まぁな」


不味かった、なんて言えるわけもなく名前から顔を反らして言えば小さな笑い声が聞こえてきた。笑い声のもとはもちろん名前


「…なにが可笑しいんだよ」


そう聞けば名前は『ごめんね』と笑いながら言った


『シズってビール嫌いなんだよね』

「…!なんで」

『ちょっと、悪戯してみたくて…ごめんね』

「んだよ、それ…」


空になった缶を持ち上げて、名前はまた笑う。…じゃあ、あれか。名前は俺がビール嫌いなの知ってて飲ませたってことだよな?…つまり嫌なの知っててやったんだから俺も名前に仕返ししていいってことだ


『ご飯出来たし、口直しにプリン出すから許してくれる、かな…?』


黙り込んだ俺に少し不安になったのか、名前がそっとたずねてくる。そんなんで許すかよ。プリンは好きだけどよ


『あの、シズ?』

「名前、」

『えっ?うわっ』


俺が怒ってるのかが心配なのかいつもより隙だらけな名前の腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。そして、そのまま…


『…!』


名前の唇に噛みついた。
少し深めに重ね合わせれば名前の甘ったるさが口に広がりビールの苦味なんてどっかに消えていく

ちゅっ、とリップ音を響かせて口を離せば、真っ赤な顔の名前が目の前にいた


『…ちょっとそれは駄目だよ。シズ』

「お前が悪いんだろうが」


真っ赤な名前の頬に手を添えて、またその甘ったるい唇に自分のを重ね合わせた


苦さを甘さに変えて
(口直しは何よりも好きなお前で)


―――
シズちゃんがビール嫌いだから書いてみた。書いてて恥ずかしくなりました。

20120523

[ 16/16 ]
[] [→]
[list][bkm]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -