ライン

“狩る者”


ぴちゃり、ぴちゃり。

彼の足の動きに合わせ赤い水溜まりが音を立てる。

少年は下を向いてただアテもなく歩き続けていた。
その瞳は虚ろで、足下をしっかり見ているのかさえあやふやだ。


くすくす・・・


ふと少年の背後から笑い声か聞こえ、彼は声の方向へ振り返る。

細く既に朽ち果てた樹木の上に声の正体はいた。
――黒い。

年の頃は彼と然程変わらない、黒い服に灰色の髪を持つ少年が今にも折れそうな枝に器用に座って赤い服を着た少年を見下ろしていた。


「やぁ、君はこれから何処に行くんだい?」
「・・・・・・」


黒い少年が赤い服の少年に話しかける。
しかし問いかけられた方は黙ったままじっと黒い少年を凝視していた。

彼が熱心に見つめるものは珍しいことこの上ない物だった。


「・・・角?」


黒い少年の灰色の髪、頭を挟み込むように対となってある、それは黒光りする角。
普通角なんて人間に生えるものじゃない、しかし黒い少年は彼の指摘に「あぁ」と頷いて自らのソレを片手で撫でた


「コレかい?確かにコレは角だよ?
何で生えてるかって?それは僕が特別だからさ」

―特別

赤い服に髪を一片だけ伸ばした少年はその言葉に眉を潜めた。

特別、という言葉の響きにまるで自分で自分を嘲るような違和感を感じたから。


「さて、もう一回聞くけど、君は何処に行くんだい?」


黒い少年の方はそれを気にもせず再び問いかける。
赤い少年も今度は考える素振りを見せた。そして

「分からない」


そう返した。


「分からない?」
「そう・・・分からないよ、僕が何を求めて、何を探して歩いているのか分からないんだ・・・。
意味の無い事を繰り返してる自分を理解することが・・・出来ない」


そう言って少年は右手に持ったモノを強く握り締めた。
赤い水溜まりに、赤い雫が落ちる。



「だったら視点を変えればいい」
「・・・え?」


黒い少年の提案に彼は目を細めた。
角の少年が枝の上で立ち上がる。


「だから視点を変えればいいんだ。
君は今まで“狩る者”だったんだろう?じゃあ逆に今度は“狩られる者”を経験してみたらいい」
「・・・どうやって?」

「こうやって・・・さ?」


黒い少年が静かに両腕を広げる。すると同時に少年の背中から何かが弾けるように姿を表した。

刺々しい形容をした、それは漆黒の翼。
彼は悟った、少年は他人を意図も容易く“狩る”ことが出来る者なのだと


少年の翼がピキピキと音を立てて鋭い羽先を赤い少年に向ける。
数秒の沈黙。

黒い少年の残酷なほど美しく深い紅色の瞳が怪しく輝いたのと、それは同時だった。


「遠慮、するよ」


赤い少年の穏やかな声が響く。
漆黒の翼が動揺に揺れ、紅い瞳に惑いが生じた。


「僕は・・・もう少し今の立場を続けようと思う。
だからまだ“狩られる”つもりはない」
「へぇ・・・続けてどうするんだい?」


黒い悪魔は不機嫌を露にした表情で眼下の少年に問うた。
少年は一度目を伏せてからゆっくりと悪魔に言う。


「“大切”を探そうと思う・・・
僕は昔“大切”を目の前で喪って・・・心を閉ざしてみた・・・、けれど不思議で、拒絶する者がいれば受け入れる者もいる・・・
不思議だけど・・・彼等はとても心地がいいから・・・だから彼等の事を“大切”に思える自分を探すよ・・・」


哀愁を漂わせながらも落ち着いた優しい若緑の瞳が、悪魔の少年にそう告げてまた、歩き出した。




「馬鹿馬鹿しい・・・」

紅の瞳を苦しそうに歪ませて悪魔は呟く。


「然れど、お前も望んでいる」


いつの間にか少年の背後に一人の男がいた。
やはり若い少年を思わせる容姿の男、しかし悪魔と同じ黒い格好の彼は中空の上にその身を置いていた。

片手に、不釣り合いな程巨大な暗黒の鎌を握って。

「・・・僕を“狩り”にでも来たのかい?」
「それがお前の望みならな」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


交錯する視線、睨み合う悪魔と死神。
すると不意に悪魔の少年がその唇から笑みを溢す。


「くくっ、ははは!笑い話だな、本当に、可笑しい!
まるで茶番じゃないか!人間なんて汚い穢らわしい生き物だ!傲慢と怠惰に練り固まった屑だ!
・・・あんただって知ってるだろう?」
「・・・・・・」

悪魔の発狂に、死神は答えない。
それを見るや悪魔は一度溜め息を吐いてから身体を宙に投げ出した。

漆黒の羽が風を制し彼を浮かばせる。


「・・・僕を“狩って”も無駄さ、人間の負なんて幾らでも溢れ出てまた僕のような存在が産まれるんだ
連鎖は止められやしないんだよ・・・零?」

悪魔の姿が消え、死神はその場で独り虚空を見つめた。


「・・・それでも輪廻は続く、御心の儘に生命は紡がれる
善きも・・・悪きも・・・」


紫色の闇を閉じ込めた眼が、儚さに消えた。


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