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ぼくの中の気持ち



人と付き合うというのは、ひどく難しいものだと思う。

誰にも他人の心は見えない。だから表情や声の調子で読み取ろうとするわけだけど、それを上手く隠せる人が多い。
むしろ、年を重ねるほどに上手い人間ばかりになると思う。

おれは昔から嘘が下手な奴で、隠し事が上手くいった試しがない。辛うじて出来る愛想笑いも怪しいものだ。
だから、むしろ隠さないで生きているところがある。
その分「人に与えている自分の印象」というものをひどく気にしてしまう。
あの発言は大丈夫だったかとか、さっきの表情はまずいかもしれないとか考えて、いつの間にか思考の沼にはまる。

おれは他人と付き合うことが苦手だ。
おれは他人がとても、怖い。

「馬鹿だな」

ビシッとデコピンを食らった。
痛みに顔をしかめながら大切な人を見ると、呆れたようにしながらも優しい瞳を向けられた。

「誰もかれもが問題なく他人と意思疏通できるわけないだろ。もしそんな奴がいたら、そいつはよっぽど卑怯で臆病な奴だ」

おもむろに腕を掴まれ、ぐいっと引き寄せられる。
凛とした黒い瞳を真下から見上げる形になった。
フッと唇が柔らかく緩んで笑みを作る。

「だからお前はそのままでいい」

暖かい手のひらに頬を撫でられて、たちまち顔が熱くなる。
心臓がドキドキして、全身が火照り痺れて。
喋ろうとしたら声が掠れた上に、変に上擦った。

「素直なやつだな」

喉を鳴らして大切な人が笑う。
体を密着させるように抱き締められて、まだ慣れない触れ合いにくらくらした。
顎を掴まれて視線を合わせられる。
いつもより吊り上がっていない穏やかな目が真っ直ぐこちらを射抜く。

心は見えない筈なのに、熱くて優しい気持ちが見えた気がした。
「大丈夫だ」と、囁かれるように包み込まれる。

他人は怖い。

でも、こうやって言葉にしない触れ合いで気持ちが通じることがあるなら。

少しだけ、見えない気持ちも怖くなくなるような気がした。


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相沢巧

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痛みは我慢できる。
我慢できるものは、ないのと同じだ。
外に出さないから、誰も知らない。自分さえも。
だからないものだと思っていた。

だけど、君が我慢していることに気づいてしまう。
我慢がバレたら、途端にないと思っていたものが表に出てしまう。

ないはずだったものが、どんどん外に表れる。

何も隠さないでと君は言うけど、オレは君に隠し事ができないから意味のない言葉だ。

君に丸裸にされた心は不恰好で。
だけど、お陰でその中に落ちていたこの気持ちに気づくことができた。

まだ、上手く向き合えなくて、隠すように我慢してしまうかもしれない。
その時はまた、君の手で隠し事を暴いてほしい。


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三郷優市

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好きなものを好きだと大々的に公言すれば、周囲から汚いものを見るような瞳で見られる。

少数派はいつだってそう。
“普通”でないマイナー嗜好を持つ人間は見つかれば集団から追い出される。

ちょっと人と違うものが、変わったものが好きってだけでそれを隠さなければならない。
排除された人間は、社会不適合者のレッテルをもれなく贈呈されてしまうから。
ああ、なんてストレスの溜まる世界だろう。


“普通”じゃなくても先導者になる人間はいるし、“普通”であっても社会に馴染めない人間はいる。
誰かと違うことが、負のイメージになるとは限らない。
そんなことにも気づけない…いや、考えない人達がこの世界には多すぎる。

なんて生き辛い世の中。
生きていくのに自分を偽るのが当たり前。
でも、それもある意味“常識”なのかもしれない。


それでも、こんな世の中に“非常識”で“普通”じゃない時間を理解し合って、共有できる私達はある意味幸運。
うまくいってると言ってもいいのかもしれない。

まあ、男として告白してくるアンタを認める気はまださらさらないけど。

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横井比奈

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お散歩に行くと色んなものを見つける。
草っ原では綺麗に咲く野花とか、ピョンピョン跳ねる虫とか、くるくる飛ぶ鳥とか。
家の回りならとことこ歩く猫とか、ブンブン走る車とか、きっちり並べられた服とか。

今日は家の回りを歩く。
透明なガラスの中にお花とぬいぐるみが一緒にいるお家があった。
筒の中で赤と白と青がくるくる回る機械を見つけた。
とっても賑やかな音が扉から出てくる家の前は耳をふさいで通り抜けた。

そしたら、道の途中で四角いものを並べてる人がいるのに気づいた。
こっそり四角いものをのぞいてみると、たくさんの色がそこにあった。

ずらりと並んだ色とりどりの絵。

その中の一枚にふと目がいった。
温かそうなお日様に向日葵が大きく描かれた絵。

なんだか、急に帰りたくなって走り出した。
人にぶつからないよう気をつけながら来た道を戻る。
灰色の塀を横目に走って、白いお家の黒いドアを思いっきり開けた。
ぴょんと中に飛び込んだら、ちょうどリビングから廊下に出たお父さんがこっちを見た。

「おかえり…随分急いで帰ってきたんだな」

お父さんがしゃがんだから、勢いよくその首に抱きつく。
体がフワっと浮くように持ち上げられて、優しく背中を撫でられた。
温かいお父さんの額には、今日もヘアピンがお日様みたいにキラキラしてた。

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高内葵

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最後だけ雰囲気が違う。


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