ライン

人形探し




遠くで部活動の喧騒が聞こえる。それはグラウンドからか、はたまた体育館から響いてきているのかは、この閉じた部屋では伺い知ることはできない。
特別棟にある家庭科室。机にオレンジなどの暖色が使われている室内は、薄暗くともどこか明るい雰囲気がある。部屋の奥にある棚上にはミシンが並び、色鮮やかな布がその内の幾つかに被さっていた。

そんな部屋の東側には授業で使う椅子が固めて置いてある。その数は実際使われる数より多い。そのため常に置かれている予備の椅子は座るためでなく、物を置くために使用されていた。
その物は時期によって変わるが、今のこの時期に置かれているのは、人形である。
人から、動物、さらにはゆるキャラのような丸いものまで、大小様々に置かれたその人形たちは全て手作り。
そして、彼らはただ飾られるために作られた訳ではない。

陳列された人形は、二日後の学校行事で行われる人形劇で動きまわる役者たちだ。


そんな彼らを、静留は眺め溜め息を吐いた。
彼女はその人形劇に参加することが決まっているのだが、本日、とあるアクシデントにより頭を抱えていた。

何十もの人形が置かれた場所を一通り見つめたら室内を移動する。
窓辺、机の下、教壇の引き出し、棚の一つひとつ。たまに手を使って既に置かれたものを掻き分けたり、見辛い箇所はじっと目を凝らしたり。

数十分で部屋の隅々を見て回り、最後に目を凝らした教室の隅で、静留は大きな溜め息を吐いた。

ガラリッ。

突如室内に響いたその音に彼女は跳ね上がる。慌てて教室の入り口の方へ振り返ると、そこから顔を覗かせた人物と目があった。

「ああ、静留やっと見つけた」
「疾人?」
「うん。雅都もいるよ」

静留を見つけニコリと笑うと少年はスルッと室内に体を滑り込ませた。彼の宣言通り、見えていなかったもう一人の少年も部屋に入ってくる。

「探したんだよ。用事があるなら一言かけてくれたら良かったのに」

微笑を浮かべたまま肩に触れそうな髪を揺らすのは疾人という少年。
どこか透けたような柔らかな黒髪と大きめの瞳が笑みと相まって柔和な印象がある。
男子の中では少し小柄な部類に入り、女子の中では高めの部類に入る静留とはほとんど身長が変わらない。

「奥家さん、忙しいの?」

高く幼い声が疾人の背後からひょっこり顔を出す。
疾人が小柄なら、顔を出した雅都はより小さかった。
頭のてっぺんは疾人の肩に届くギリギリ。
彼よりも暗く、長いしっとりした黒髪が人より白い肌を際立たせており、表情が薄いこともあり、どこか人形にも似た印象を抱く。

柳疾人と、柳雅都。彼等は静留の数少ない異性の友人であり、珍しい兄弟だった。

「忙しいかと聞かれれば、とても忙しいわ」
「そんなに?良かったら手伝おうか?」
「何を、してるの?」
「貴方たちがついさっきまでしていたことよ」
「???」

静留の返答に弟の雅都はこてりと首をかしげる。対し兄の疾人は彼女との付き合いの長さを表すように納得顔を作った。そして、新たな質問を紡ぐ。

「へえ、一体何を探してるんだい?」
「人形よ」
「人形…?」

ピクリと雅都が小さく反応を示す。それが何を意味するのか分からないが、静留は小さく首肯した。

「そう。今度の人形劇に使うための人形を探しているの」
「なぜ?人形ならあそこに並んでいるじゃない」

ホラと指差されるのは出入口に程近いあの物置場所。しかし、静留はその人形たちに目を向けて置いてから小さく頭を降った。

「違うわ。私の人形はあそこにはないの」
「…?じゃあまだできていないの?あ、それじゃあ探すこともないか」
「捨てられたのよ」


え、と疾人が目を見開いて硬直する。「捨てられた?」と唇を動かせるようになるまで五秒ほど要した。

「手芸部の友達に製作を頼んでいたんだけど…その子に今朝いきなり「うまくいかなかったから」捨てたって言われたの。でも、それじゃあ困るからなんとかそれを使わせてもらえるよう交渉して…それで捨てたのを見つけたら使っていいってことになったのよ」
「あの、それって別の人形じゃあ、駄目なんですか?」
「ええ…その子にお願いしてたイメージと合う人形がなかったわ…」

ふぅと溜め息を吐き、静留は俯く。人形劇まであと二日。それなのに肝心の人形がないままで、もしも、当日を迎えてしまえば周囲に迷惑をかけるのは目に見えている。

「うん、それなら僕も探すの手伝うよ。静留のことだし、そこまで騒ぎにしたくはないでしょ?」

微笑のまま疾人が静留に申し出る。彼女は多少、考えるような仕草をしたが、やがて顔をあげると疾人に向き合った。

「ええ…お願いするわ」
「じゃあ…まず」


「ダメだよ」


ピシャリと固い声音が今までの部屋の空気を一掃した。
二人が驚きに目を向けた先で声の主は、雅都は眉間に皺を寄せて自分の兄を睨んでいる。

「雅都…?」
「お兄ちゃんは探しちゃダメ。絶対、ダメ」
「駄目?それはどうして?」
「ダメったらダメなの!!」

普段の雅都からは想像もつかない大声が思い切り疾人にぶつけられる。
呆気にとられる彼からフイと顔を背けると雅都は静留の腕を掴んだ。

「ちょ、ちょっと雅都くん?」
「捨てられたならきっと別のとこにあるよ。行こ!奥家さん!」

グイグイと引かれ、半ば引きずられる形で静留は彼に付いていくことを余儀なくされる。
ピシャンッと強い音を立て閉じられた家庭科室の扉。その扉を見つめて、一人残された疾人は顎に手を当て誰にも見られない苦笑を漏らした。




「どこへ行くの?」
「奥家さんは、友達さんから朝に「捨てた」って言われたんでしょ?だったらもう、昼の掃除には捨てられてただろうから…」
「だから?」
「捨てられたものは、集められてるはずだから…きっとロータリーのゴミ収集場にあると思うの」


一階、渡り廊下の下に当たる空間は壁がなく、外に開けている。比較的出入りの易いそこは、学校のゴミを集める場として定められている。
この学校では、毎日昼時間に掃除が行われ、ゴミ箱の中身は毎回運ぶように決められている。

処分は週に二回。
先日その内一回を行った収集場はどことなくさっぱりしている。
今日出た新規のゴミが袋に納められているが、大した量ではなさそうだ。

集められたゴミを漁るのは少し気が引けた静留だが、雅都が何の躊躇もなくゴミ袋を開き出したのを見て腹をくくった。
手に取ったゴミ袋をガサガサと音を立てながら再び開く。主に塵の多いそれをじっと凝視してから、勢いよく手を袋の中に入れた。

暫くガサガサという作業の物音以外一切の音がなくなる。念入りに、念入りに袋の中を分け入って探す。

けれど、


「なかったわね…」

最後の一袋の口を縛り直しながら静留が言う。雅都の方は見るからにしょんもりと落胆していた。真剣に静留のためを思って探していたのだろう。無駄足をとらせてしまったと、責任まで感じているようだ。ただでさえ感情の篭らない瞳が暗く沈む。

「大丈夫よ雅都くん。これでこの場所にはないって分かったんだから、心置き無く次の場所を探しに行けるでしょ?」

ね?という明るい声に彼はそろそろと顔を上げる。
見つからないで落ち込んでいるのは静留も同じだが、彼女の方はきっちり探しきるまで落ち込む気はないらしい。
雅都の己より少しばかり小さな手を握ると彼を元気付けるように笑った。

「もしかしたら、友達は教室の方に捨てたのかも…あっちは探してないから、手伝ってくれる?」
「……うん」

暗かった瞳が僅かに光を取り戻したのを確認して、静留は次の場所へ行くために体の向きを変える。

リリリリリリンッ♪

「何の音?」
「私の携帯が…メールかしら?」

涼しげなベルの音による知らせを受けて、静留がポケットから携帯を取り出す。シンプルな白いボディの一部がチカチカと点滅を繰り返す。液晶画面を見ればやはりメールが届いたようだ。
軽く目を通しておくだけにしようと素早く画面を操作してメールを開く。


送り主は、今ここにいない疾人からのものだった。

―――――――
from:柳疾人
sab:なし
本文
多分、人形を見つけた。

――――――

静留はその画面を雅都に見せて進行方向を特別棟の方へと変更した。




時間の経過による太陽の傾きのせいで校内には黒く長い影が延びている。
いつの間にか少なくなったどこからかの喧騒を背に、二人は家庭科室の扉を開けた。
扉から真っ直ぐ先。
沢山の椅子が積み上げられた「物置き場」と対面する形で、疾人は静かに立っていた。

「見つかったの?」

開口一番に訪ねる静留に、

「特徴を聞いてないから確信はないけど、これがそうじゃないかな?」

微笑しながら疾人が持ち上げたのは、人を模した人形。
疾人の持ち方の関係で背中部分が見えているが、黒い糸を使った髪に、今の時期に合わせた色合いの着物を着たそれは、まさしく静留が友人に話したイメージと合致した。
間違いない。あれは友人が作った人形だ。
しかし、

「何で?」

沸き上がった疑念を漏らすように呟かれる。
全貌を見ていないにしろ、その人形はとても「うまくいかなかった」ものには見えない。
むしろ遠目から見ても分かる着物の細かさなどは完成度の高さを物語っているような気がした。

それにこの人形は、

「どこにあったか気になる?」

静留の考えを読んだように疾人が言う。無言のまま彼女が頷いたのを確認すると、疾人は物置き場からぺったりとした布を取り上げた。

「“木の葉を隠すなら森の中”とはいうけど、まさか人形に人形を隠すなんてなかなか考えが及ばないよね」

彼は喋りながら手の中の人形に取り上げた布をくるりと巻き付ける。ふんわりと形を整えられれば、それは見覚えのある丸いゆるキャラのような外見へと変わった。
そして姿の変わったそれを静留に手渡す。


「僕は君の友達を知らないから、これは憶測だけれど…友達はこれを捨てようだなんて考えてはいなかったんじゃない?」
「え?」
「だってさ、その人形の顔を見てごらんよ」

促されて、静留は手渡された人形の布をもう一度ゆっくり剥がしていく。
露になった黒髪を結い上げた着物を着た人形。

「ねぇ、君にそっくりだよ静留」

くりくりとした黒く艶やかなボタンの瞳を輝かせた人形の外観は、まさしく静留という人間をデフォルメした姿をしていた。
人形だから可愛らしく作られてはいるものの、その髪型は毎朝彼女が結い上げているそれと同じ。
静留がまじまじと人形を見つめる中、彼女の背後で雅都がじっとりと兄の姿を見ているのに疾人が気づく。

「やっぱりお兄ちゃんは…人形…」
「たまたまだよ雅都。それにここは家じゃないんだから、ね?」

なだめるように笑う兄から弟は顔を背ける。どうやら拗ねたらしい。ふぅと疾人が肩を下ろすと同時に静留が人形に向けていた視線を上げる。


「この人形、大事に使わせてもらわないとね」

ぎゅ、と胸に人形を抱き締めて彼女は笑った。

「そう、そのままで使うのかな?」
「ええ、そのままで使わせてもらうわ」

ニコリと笑い返して、疾人は彼女の腕の中に抱かれた人形たちを優しく見つめた。


+++
学校の授業課題に書いた文でした。
雅都も学校に通ってる辺り。ああ、設定書かねば。

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