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高内陽の一日



午前6時。いつものように目が覚める。
目覚まし時計などをかけたことはないが、いつもピッタリこの時間に自然と起きる。

それから朝食と弁当を簡単に作る。
一応、購買というものがうちの学校にもあるが利用はしたことはない。自分で作った方が安上がりだし、第一あそこは人混みがすごい。正直近寄りたくもない。
自分が食べるものをさっさと詰め、身支度を整えて部屋を出る。


先ず向かうのは玄関ではなく外階段を降りてすぐの部屋。
期待はしていないが確認の意味を込めて扉を小さくノックした。

いつも通り、反応はない。

俺と絵の登校は別々だ。
行き着く先は同じなのだし、折角だから一緒にいってもいいんじゃないかと、あの出来事の後提案してみたが却下された。
それが俺には不服で、下校は一緒なんだし変わらないだろうと食い下がってみた。
すると絵は、目線を斜め下に逸らして(絵は恥ずかしいとすぐ視線を逸らす)言った。

「あ、朝までベタベタ一緒だったら怪しまれるかもしれないじゃん…!」

俺は即座に提案を撤回し、朝は一緒に行かないことに決まった。
別にその事を後悔しているから毎朝絵の部屋の前に来る訳じゃない。
もしも、万が一絵が風邪を引いていたりしたら―そんなことが常にないとは言い切れないので確認をしているだけだ。

まあ、俺がやらかして以来一段と健康に気を使うようになった絵が今さら簡単に風邪を引くはずないが。

今朝も絵が登校していることを確認し、玄関へ足を向ける。
今から行けばまだクラスメイトは他にいないだろう。
絵に一番に話しかけられることが楽しみで、早足になりながら学校に向かった。




ホームルーム前の教室は騒がしい。
ざわざわとした喧騒を耳にしつつ、いつも通り絵の後ろの席を借りて座る。
入学当初の悪評は既に払拭されているものの、それでも絵に進んで関わる人間は少ない。
あまり関わられても癪なので、俺はこのままでも良かったりするが。


「高内君。隣のクラスのやつが呼んでるぜ?」

そう知らせてきたのは小坂井だ。
見れば知った顔が教室の扉からこちらを伺っている。
気だるいが聞かないわけにもいかないので渋々席を離れる。
連絡事項を話に来ただけらしく、彼との会話はすぐに終わった。だが、なぜか廊下に群れをなしていたやつらが次々と話しかけてくる。
無視をしたい。
しかしここで教室内に引っ込むとやつらは室内までけしかけてくる。クラスメイトにも迷惑な話だ。
だから群れの人間が喋り飽きるまで、もしくはホームルームの始まりまでじっとその場に立っている。
話は、聞いてない。聞く気がしない。

ちらりと先程までいた席に目を向ければ、絵と小坂井が何やら楽しそうに話しているのが見えた。
小坂井は絵に進んで話しかけてくる希少な人物で、互いに気が合うのか話をしては盛り上がっている。

小坂井はイイやつだ。
だが、絵の前を陣取って話し込むのは見ていて心中穏やかでない。
胸にムカムカとしたものが沸き上がってくる。

一瞬小坂井の視線がこちらに向けられたところで目元に力をいれた。
途端、青ざめる小坂井を不思議そうに絵が見ている。
こういう時だけ絵は俺を見ない。
絵が真相を知ることは恐らくないだろう。

我ながら狭量な人間だと自覚しているが、そもそも今まで誰かと一緒にいたいとすら思わなかったから慣れてないんだ。

悪いな小坂井。





昼休みは用事がない限り絵と一緒に食べる。

絵の食べる姿は可愛い。
食べ物を口に入れた時にちょっと目を細めるとことか、膨らむ頬とか、小さく動く唇なんかは見てて飽きない。
だが気を付けないと見ていることがバレる。
すると確実に脛を蹴られるから、見るときはこっそりと。

今日はミートボール入りの弁当をはむはむと食していく絵。


「なに笑ってるんだ?」

不意にそう問われて初めて口許が緩んでいるのに気づく。
指摘されたのが恥ずかしくて、弁当のおかずがうまく作れたと誤魔化しておいた。
ついでに、うまく作れたことにした卵焼きを絵に差し出す。
一瞬躊躇されたが、絵は嬉しそうに卵焼きを頬張ってくれた。可愛い。

そしたら絵の方も交換にとおかずを差し出してきた。
メインは遠慮して和え物をもらった。
美味かった。





放課後は学校全体で一番待ち遠しい時間だ。
別に絵は黙々と勉強をしているだけだし、俺も生徒会のプリントを片付けるか自分の勉強をやっているだけだ。
なのに、それだけのことにとても落ち着いた気持ちになる。
騒がしいだけだった教室が、心安らぐ空間に変わる時間が好きだ。

本日のプリントを早々と片付けて絵の方に視線をやる。
教科書の方を見ると、見覚えのないページを開いていた。はて。

「…そのページ今日やったか?」
「いんや、多分明日やるとこ。さっき流し見したら難しそうだったから先に見ておこうと思って」
「…難しいか?」
「そうだなぁ…少し複雑かも。あ、でもココとココがポイントだと思うんだ」

そう言って絵は手元の教科書を反転させると、俺にわかるようにポイントという箇所をトントンと叩いた。
当たり前だがまだ授業で触れていないところなので全く分からない。
それでもポイントの部分だけは見ておこうと、絵が指した場所を覚える。


「あ、もう六時だな」


振り替えって時計を確認した絵が呟く。
「帰るか?」と声をかけたら絵は大きな目でこちらを見てから頷いた。





帰り道は他愛もない話をしながら一緒に帰って、寮に着いたら各自部屋に帰る。
そして、帰りの道中に決めた部屋へどちらかが行って夕食を食べるのが一日最後の日課だ。
ちなみに今日は絵が俺の部屋に来る。
片付けるものもないような部屋だが、一応ゴミが落ちていないかチェックした。

暫くしてから響くノック音。
はやる気持ちで扉を開けば私服の絵が部屋に入ってきた。
性別がバレないためにいつも着ているのは男物だ。
けれど何を着ていても絵は可愛く見える。後輩の緋織曰く「先輩は着る服でぐっと男前になる!」だそうだが、俺には全てが可愛いようにしか映らない。
俺の目がおかしいんだろうか?

「ん?どうした陽」

玄関で立ち止まっている俺を変だと感じたのか、リビングにいた絵が戻ってくる。
伸長差の関係で自然とこちらを見上げてくる形になった絵は、やはり可愛い。
そんな姿に思わず和み、頭を優しく撫でてみた。
つぶらな瞳がぱちくりと不思議そうに瞬いた。可愛い。


夕食は家主が担当し、訪問者が後片付けをするのが暗黙のルールとなっている。
今夜は鮭のホイル焼きをメインに作ってみた。
絵は何を作っても美味しく食べてくれる。兄もそうなのだが、この満足そうな顔が思い浮かぶから料理は苦じゃない。
むしろもっと喜んでもらいたくてあれやこれや研究を続けている。
たまに絵から恨めしそうな目で見られてる気がするが…多分、気のせいだ。

「…味、どうだ?」
「うん。すごく美味しい!」

にへっ。

「……ッ!!」
「お?どうした陽?」

絵の満面の笑顔を直視できず机に突っ伏す。
可愛い。物凄く可愛い。柔らかく弧を描く唇や、仄かに赤らんだ頬や、真っ直ぐこっちを見ながら細められる瞳が堪らなく可愛い。
今すぐ我を忘れて抱き締めたい。そしてそのまま頭を撫でたい。一時間ぐらい。

…しかし、そんなことをすれば絵に引かれることは目に見えている。
我慢…我慢…。

「あ、まさか喉に魚の骨が刺さったのか?痛くないか?」
「違う…大丈夫だ」
「そう、か?それならいいけどさ…」

のろのろと突っ伏していた顔を上げると、こちらを心配そうに見つめる絵と目があった。
そんな顔をさせたかったわけではない。誤魔化すように腕を伸ばして小さな頭を撫でた。

小さく絵の視線が逸らされた。

本当に可愛い。




食べ終わり、絵が食器を片付けてくれる間に俺は風呂を済ませる。
この時、面倒がってシャツで部屋に戻るともれなく絵に叱られる(やれはしたないだの、やれ風邪を引くだのなんやらかんやら)。怒るときの赤い顔はとても愛らしいので、たまにわざとシャツで出ていきたくなるのは秘密だ。
それから少し駄弁って、本日はお開きになる。
玄関に向かう絵を半歩後ろからついていって見送り。


「それじゃあ、また明日」
「ん、」

ここで、絵はいつも扉を開く前にくるりと振り返る。
そして右手をのばして、俺の頬に添えて、笑いながら言うのだ。

「ゆっくり休んでね。お休みなさい」

すり、と撫でる仕草をそのままお返しする。柔らかい頬の上を俺の手が滑れば、ふにゃりと絵は笑んだ。

静かに手が離れて、じゃという声と共に扉が開かれた。
明るく手を振って絵の姿が扉の外に消える。

パタン。

扉が閉まって、小さな足音が扉から離れてすぐに階段を降りる硬質なものに変わる。

見送りを済ませた俺はそのまま玄関から寝室に入る。
寝具に寝そべって、天井を見上げた。

今日も絵と沢山話した。
今日も絵の色んな表情を見た。

明日はどんな彼女と一緒にいるんだろう?

頭に思い描いて思わずにやけた。どんな日でも、絵が隣にいてくれるなら楽しみで仕方ない。
ヘアピンを外して、丁寧に枕の脇に並べる。

静かに目を閉じた。
今夜も額は痛くない。
だからきっと、優しい夢を見られる。

「お休み」

微笑んだ彼女の姿を思い浮かべて、穏やかな微睡みに意識を預ける。
温かさを感じながら、俺は眠りについた。



++++++
時期は二年生くらい。
陽さん大分変態くさい。しかも自覚のある変態だから少し手に終えない。

ただ書いていてけっこう楽しかった。えへへ。

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