ライン

違和感



全ての授業が終わり静かな教室に柳疾人はいた。
自分の席に深く腰掛け、すぐ隣に開いた窓からぼおっと外を見ている。
五時だというのに明るい校庭には部活にいそしむ生徒の姿が見える。
それを疾人は力のない瞳に写していた。何をするわけでもなく、ただ何も考えないままに、そこにいた。

弱い風が教室に入り込む過程で疾人の髪を揺らす。
彼はそれに瞳をピクリと動かしただけで、他には特に反応を示さない。

「そんな疾人くんはその内襲われると思うなあ」

「――ッ!?」

ガタッ!

椅子が倒れる音が響く頃には、もうそこに疾人の姿はない。
彼は俊敏とも言える速度で、机二つ分の距離を後退していた。
そんな彼が今までいた机には、顔立ちの整った男子生徒が肘をついている。

「ははっ!疾人驚きすぎだろ〜」

ケラケラと笑い出す彼に疾人は顔をしかめる。

「お前が変な冗談を言うからだろ」
「え?あれ割りと本気だけど?」
「勘弁してくれ・・・」

げんなりとしながら体を震わせる疾人の様子に、もう一度彼―城ヶ根竜は笑いをこぼした。


城ヶ根竜を一言で形容すれば、イケメンだろう。
年相応にがっしりとした体躯に大きな手のひら。
顔のパーツは印象よく配置され、特に人懐こさを醸す瞳は見つめた相手を釘付けにする。
髪の色素は薄く、男性にしては長いその髪をうなじでくくって肩に流している。
器量もよく、まだ入学二ヶ月しか経っていない学舎であるが、多くの人間が彼に好感を寄せていた。


「でもさぁ、誰が見ても疾人は無防備だと思うよ?そんなじゃ色めき立った先輩様にパクッといただかれそう」

竜は人差し指で何かを摘まむ形を作り、それを口許に運んで噛みつくような仕草をする。
疾人がそうなるよとでも言わんばかりの視線を送られ、溜め息を吐いた。

「物好きでもあるまいし、そんな人いるわけないじゃん」
「少なくとも俺は襲えるよ?」
「・・・・・・・・・ハァ」

竜の言葉はからかいなどではなく、本気だ。それが分かってしまうから疾人は脱力するしかない。

城ヶ根竜は、同性愛者だ。
そして、何が良いのか分からないが柳疾人のことをそちらの意味で気に入っているらしい。
だから一言目で距離を取ったのだ。
過去の経験からそういう触れ合いは苦手だから。

もう一度溜め息を吐いて、視線を竜と合わせる。

「そもそも・・・無事にパートナーを見つけたんじゃないのか?そんなこと僕に言ってていいわけ?」
「よくないけど・・・一目惚れした相手をハイやめたって、すぐそういう感情から切り離せる人間なんてそういないと思うよ?」
「あぁ・・・・・・本当に勘弁・・・」
「なーんて、ウソウソ。本当はもう疾人にそういう気持ち持ってないから」

だってフられたしと笑って言う竜。
そんな出来事が、僅か一週間前に起こったなどと微塵も感じさせない様子に胸を撫で下ろした。
竜はそれを見逃さない。

「もしかして気にしてた?」
「そりゃあ・・・ちょっとくらいは」
「優しい、って言いたいけど疾人の場合はまた違うのかな」
「え?」
「別に。本当に気にすることないよ。今はこうして友達やってれるのが嬉しいから」

ニコニコと笑う姿に無理をしている雰囲気はない。
そっかと呟こうとして、次にきた言葉に全身が硬直した。

「それに、今の俺からしたら疾人は、テレビに出る芸能人やモデルに対して好きっていうのと同じ感じだから!」


――重いだろう。

ずるりと体の力が抜けたのを感じて、窓から見える空を仰ぐ。
茜色に染まり出した空を見て、ふと何かが胸に沸いた気がして目を細める。

しかし、その正体を掴む間もなく教室に響いたガラリッという音に思考は霧散した。

「あ、お迎えだ。じゃあね疾人」

竜がそそくさと立ち上がり、ついでに教室に入ってきた人物にウィンク一つを送って立ち去った。
送られた側はそれをシッと手で払う仕草をすると、改めてこちらに視線をよこしてきた。
それに鞄を持つ動きで応えて、彼女が待つ教室の扉へ足を進める。


1日の最後の日課である、パートナーの奥家静留と一緒に下校が始まった。



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