ライン

望めない



どうしてボクはこんなにも母と違うのだろう。



母の父―祖父は英国の出身で、たまたま訪れたこの国で祖母と結ばれた。
二人から生まれたのは綺麗な黒髪の娘。
祖母によく似た我が子を祖父は可愛がったらしい。
どんなものかは知らない。なぜなら祖父はボクが生まれる前に英国に帰ってしまったから。
その頃ある男性と結ばれた母は幸せだった。


結婚して、彼が外人嫌いだと知るまでは。

母の見た目は日本人そのものであったし、問題はなかった。
けれど、流れている血だけは誤魔化せなくて。
生まれてきたボクの容姿はこの国でない祖父のものだった。


父は、激怒した。

母を罵り、殴り、即座に離婚を決めて追い出した。
母はどれだけ悲しんだことだろう。
愛する人に自分の根本を拒絶され、不本意に別れを強いられた。
全部、ボクが生まれたせいで。


それでも、母はボクを恨むことなく育ててくれた。
始めこそボクは何も知らずに生きていた。やんちゃもした。
でも、元気に遊べば遊ぶほど・・・母は悲しい顔をした。
悲しい目で、唇を噛み締めてただじっとボクを見た。

母が喜んでくれるのはいい子でいる時だった。
それに気づいてから、ボクは元気に遊ぶことをやめた。
母に甘えることを、やめた。

偉いねテオ。

偉いね。偉いね。

どこかで虚しさは感じていた。けれど、母だけは悲しませたくなかった。
ボクのせいで幸せを失った可哀想な母親。

ボクだけは味方でいたかった。
ボクにできることなら、なんでもしたかった。
お母さんに喜んでほしい。それだけがボクの望みだった。

そんな親子には距離があった。
近いと見せかけて遠い距離。

それがボクの知る唯一の人と人の距離だった。
だから、他人との距離感なんて全然分からなくて、気づけば近くに誰もいなかった。
みんな遠くからボクを見た。
一緒に遊ぶこともなく、ボクだけが遠かった。
ボクだけ、ひとりぼっちだった。

その寂しさを隠したくて、ボクは人が嫌いだと嘘を吐いた。
悲しかったけど、どうしようもなかった。




転機は高校に入って、一人の生徒を見かけたこと。
彼は明るくて、いつも回りに人がいた。
けど、誰も見ていないところで苦しそうな表情をするときがあった。
それは、本当の自分自身を隠しているようで。

興味があったのと、たまたま縁があったので彼とは知り合いになった。
その時初めて、ボクは他人との距離を縮めた。

光太は初めての友人とよべる人だった。
優しくて気がつく光太はすれ違えば声をかけてくれた。
一緒にクラス長の仕事をするときはたくさん話をしてくれた。
ボクが近づいても一切拒絶はない。

残念なことは光太が隣のクラスの人間だということ。
でも、そうでなかったらボクは四六時中光太にベタベタとくっついていたかもしれない。
そして、ボクは光太に甘えていることに気づいた。
母とは違う、友人の温かさ。
それはボクにとってとても価値あるものだった。

その心地好さを感じだした頃にもうひとつの転機は訪れた。
突然近づいてきた樫原泰斗はボクの日常をことごとく壊してくれた。
どこにでも、どんなときも付いてきて、うるさくて、挙げ句の果てには「友達」なんて言い出して。

はっきり言って迷惑だった。

だけど、まるっきり不快というわけではなかった。
彼からのスキンシップは暑苦しいと同時に、ボクが一人だということを忘れさせた。
寂しさをどこかへ追いやってくれた。

これでうるさくなければ、素直に「友達」だってなるんだけど。

泰斗本人には言わない。
光太にはちらりと話してみた。
光太は面白そうに笑って「テオらしいなぁ」って言った。

ああ、そうやって話してたらまた奴が来た。
ベラベラと言葉を並べて本当にうるさい。

光太の手を引いて離れようとする。すると空いてる手を奴に引かれた。
睨み付けたら嬉しそうに近づいてきた。


「変態」


言い捨てたら光太が苦笑いした。
でも肝心の奴は表情も変えずに笑うばかり。
その内光太がクラスに帰っていって、ボクはなぜか奴に背を押されて席につくことになった。


「じゃあテオ。次は俺と話す番な」


そう言って正面で笑う奴の理屈は意味不明だけど、今日くらいは話でもしようかって、そう思った。





でも、

だけど、



家に帰ると母さんが悲しい顔をする。
喜びを覚えた僕を見て、泣き出しそうな顔をする。


ごめんね。母さん。
もう、嬉しい顔はしないから。
もう、幸せな表情は出さないから。
もう、母さんが悲しくなることはしないから。

だから、そんな顔をしないでよ母さん。

ボクは、ボクだけは母さんの味方だから。
だから、もうそんな目でボクを見ないでよ母さん。


次は喜ばないから。
光太に優しくされても、泰斗に話しかけられても、喜ばないから。

だからもう、ボクのことで悲しまないで。


お母さん。


- 162 -


[*前] | [次#]
ページ:





戻る







ライン
メインに戻る