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風邪引き



今日の絵はどことなくぼんやりしていた。

違和感が膨らみ、昼休みに問い詰めてみると、


「はははー・・・バレた?」

隠しきれてたと思ったんだけどと笑う絵は、体が熱っぽいのだと俺に言った。
でもどこかが痛い訳じゃないし、平気だろうと登校したそうだ。

「馬鹿か」

ポロリと思ったままを溢した。
別にそんなつもりはなかった。
多分、同じように熱があって、でも体に支障がなければ自分も登校してくるだろう。

だが、これは自分の話ではない。絵の話なのだ。

絵は平気だと言うが、無理矢理言いくるめ保健室に行かせることにした。
渋々足を動かす小さい背中を見送って、俺は教室に戻った。

+++

六時間目が終わり、俺は保健室に訪れた。

入ったところで保険教委と対面する。
様子を聞けば寝ているらしく、起こしてやれと言われた。

四方を壁とカーテンに区切られたベッドに近づく。
そっとカーテンを開いて中を覗くと、小さい体が寝具の中央で丸まっていた。

「・・・絵」

すやすやと眠るところにそっと声をかけると瞼がピクリと動き、のろのろと絵が体を起こし始める。
それを見ながら俺は、カーテンの内側に体を滑らせた。

「・・・調子はどうだ?」
「ん・・・うん。・・・うん」

何に答えてるかさっぱり分からない頷きを絵は繰り返す。
頭が働いていないところは初めてだなどと思いながら、腕をベッドにつけて下から絵の顔を覗き込んだ。
とろんとした瞳は、熱のせいなのか寝起きのせいなのかは判別がつかない。

けれど、弱っているのは確かだろう。

なぜなら、普段通りの絵ならばこんな近い距離を許してくれないからだ。
いたずら心が首をもたげ、周囲から見えてないことをいいことに顔をさらに近づけてみる。

絵から特別反応はない。

そのまま、勢いで唇を合わせてみた。

そこで一瞬ん?と思ったものの、触れられたことに満足して体を離す。

絵は中空を見ていた。
どうやら相当重症らしい。

「・・・帰るぞ」

くいと手を引くと絵は可笑しいほど素直に従って付いてきた。
カーテンを引き、保険教委の視線を受けながら保健室を出ても、手を引いたままだった。

流石に廊下を歩く最中で絵の頭は覚醒したらしく「自分で歩ける」と背に訴えられたが黙殺して歩き続けた。


「お前、誰かに見られたらどうするんだよ」

教室で帰り支度をしながらそう言われたが、特になにも思うことはなかったので返事をしなかった。

帰り際に踵を蹴られた。

+++

いつもは帰りの道中に話し合い、その日はどちらの部屋に邪魔をするか、しないのかを決めるが、今日ばかりは話さなくても俺が絵の部屋に行くことが決まっていた。

一度自室に帰り、手早く着替えと支度を済ませ絵の部屋へ向かう。

絵は即刻のびているようで寝床にこもっていた。
寝床ばかりは足を踏み入れたことがないので扉越しに声をかける。
そうして台所を借りる了承を得、持ってきた食材を調理し始めた。



数分後、軽い食事を作り上げもう一度寝床の扉越しに声をかけた。
すると思いがけず入室の許可が出たので、腕に皿を抱えながら絵の部屋へ入る。

室内の印象は、言ってしまえば俺の部屋と大差なかった。
お互い趣味に金を使い込める生活ではない。
けれど俺と違い、絵の部屋には誰かの手作りだろう小物が点々と見受けられた。

ぐったりしている絵のもとへいくとまず水をねだられた。
体を起こした絵に冷えた水を差し出すとちびちびと飲み始めた。

部屋での絵は髪を下ろしている。
絵がこの空間でだけは女子に戻っている証。
髪をすいたら「恥ずかしい」と唇を尖らせた。いつもと変わらない調子に思わず口許が緩む。

それから食事を摂らせ、食器を片付けてから俺はおいとますることになった。

「ありがとう。明日までには治すから」

ふにゃりと笑って見送ってくれた絵に、俺もぎこちなく笑って手を振った。

+++

翌日。

「陽のバーーカッッ!!」

なぜか俺は絵と顔を会わせるなり罵倒されていた。
訳が分からないと目で訴えてみれば、相手は体を戦慄かせながら小さな声で言った。

「昨日・・・保健室でなんてことを・・・!」

はて?と首を傾げると顔を真っ赤にした絵にバシバシと叩かれる。地味に痛い。

「バカバカバカバカバカ!あ、あんなムードも何もない状況で・・・このキス魔ぁ!!」
「あ、」

ようやく合点がいった。
弁解も許さない元気な絵の膝蹴りが見事鳩尾に決まった中で、あの時の違和感を思い出す。

そうだった。



絵とのキスはあれが初めてだった。

++++++
まさかこんな形で初めてだとは考えてもいなかった(笑)
でもほら、変にロマンチックな雰囲気よりこういう形の方が思い出に残ると僕は思いますよ←


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