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彼が消えた日



うとうとと落ちそうになる瞼と戦うのは、まだ年端もいかぬ外見の少年だ。
真雪のように白い髪はふわふわとしていて、透き通った橙と深紅の瞳が瞼の隙間で光っている。
その小さな体を猫のように丸めて、少年―テキは襲い来る眠気に抗っていた。


「眠ければ寝たらいい」

テキの傍らに座りながらそう語りかけると、大きな瞳がこちらを見上げてきた。

透き通った橙と、暗い深紅。


元々、テキの瞳は両方とも橙色であった。
それがディセンダーとしての力を使う度に片方だけ赤が深まっていく。

始めこそ気にはした。しかし、ディセンダーであるから、そんな不思議なこともあるのかもしれないと考えるのを止めたのだ。

そうして彼の片目は少しずつ染まり、今ではどこまでも深い赤を宿している。


そんな色違いになった瞳が同時に真っ直ぐこちらを見上げている。
時たま瞼がぴくぴくと動くのは眠りに耐えている証拠だ。
いつもなら驚くほど寝付きのよい少年の、何がこうまでして耐えさせているのだろう。

疑問を投げ掛けるのも憚れ、ただテキの行動を見守った。
ひょっとしたらこのまま眠りにつくのではと思った頃に、小さな唇から声が溢れる。

「ね・・・クラトス・・・」
「何だ」

眠気を孕んだ声で呼び掛けてくる。透き通った橙色が水気を含んで更に光り輝いた。


「あの、さ・・・いつかオレが・・・いなくなっても、心配しないでね」


何を言ってるんだと言おうとして、止めた。
ゆっくりと瞼が閉じて、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。

やっと眠りについた彼を起こさぬよう、静かに立ち上がり丸まった体に上着をかけてやる。


人は誰も寝顔は穏やかである。

ディセンダーたる少年も、その眠る表情は穏やかだ。



―オレがいなくなっても心配しないでね―

それが何を悟ってかの言葉かは分からない。
もしかしたら、彼の役目が終わりに近いのかもしれない。


ディセンダーはどのようにして樹に還るのだろう?
全く想像もつかないが、きっと遠くない話なのだろう。



何か労いの言葉でも考えておこうか。

そう考えるクラトスは、小さな体から仄かな燐光が舞い上がるのに気づかなかった。


そして、眠る彼を起こさぬようクラトスは部屋を出て行った。




戻ったときには、見慣れた小さな少年はこの世界から消え去っていた。




++++++
時間的にテキが暴走してしまった後日。
そうしてテキは樹に還って、何百年後(だっけ?)にキルとテュリに生まれ変わるのです。

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