ライン

孤高な黒とおれ



カシャン。

屋上の金網が立てた音にビクリと体が震えた。

眼前の黒は揺らぐことなく、静かに自分を写している。



―いっそ泣き叫んでしまいたい

そう思った。





小さな頃。泊まりに行った先で、そこの叔母さんにこっぴどく叱られたことがあった。
いたずら盛りの子どもが、親戚の姉に仕掛けたイタズラ。それが厳格な叔母には許せなかったらしい。
姉の前で怒鳴られ、平手打ちをされ、小さな自分は大声で泣いた。すると余計強くはたかれた。

出掛けていた両親が帰りるまで叩かれ続けた頬は真っ赤に腫れて数日治らなかった。


あの日の姉の悲しい眼は、叔母の形相は今でも心に刻みついている。



その日から相沢巧は、母親以外の女性を怯えるようになってしまった。


そんな巧を助けてくれたのは親友の桜庭明だった。
人付き合いの上手な彼は然り気無く自分と女子の距離を離したりしてくれた。
何でも相談に乗ってくれて。
一緒にイタズラして。
時には愚痴を聞かされる。
そうして駄弁って遊び合う。

人生で最高の友人は誰だと問われたら迷いなく明と答えられる自信もある。

優しい明。

おれがどうしようもない奴だって知っても、何の偏見もなく変わらず接してくれた明。

ありがとう。




だけどお前のお節介はズレ過ぎてて、たまに恨めしいよ明。


+++

「たく〜ちょっといい?」

ゆるゆるな空気を纏った明がちょいちょいと手招きをしておれを呼ぶ。

高校2年春。

相変わらず親友で幼なじみの二人は一緒の学校に通っていた。

心身共に成長したお陰で、何とか会話程度なら女性とコミュニケーションが取れるようになったおれだけど、やはり不安要素は多い。
今現在も明に助けてもらう日々が続いていた。

そんな昼下がりのこと。

「どうした明?」
「うん。さっきなんだけどさあ」
「うん」
「はせぴょんがお前に屋上に来いって言ってたよ」
「うん・・・・・・うん?」


What?


「だーかーらー。長谷川彰ことはせぴょんがお前に屋上まで来いって言ってたよ☆」
「はぁ!?何だよソレ!!どういことだ!!!」
「同じこと何度も言わせんなよー疲れるじゃん」

ぶーと唇を尖らせる明とは対照的に巧は青ざめ口をパクパクと動かしている。


長谷川彰は、黒髪に黒目で、整った顔にスタイルを持った同級生だ。
ピクリと動かない完全な無表情。
性格は真面目で厳しく、目付きも常に鋭いことで有名だ。

そんな人間に、何故接点の欠片もない自分が呼び出されなくてはならないのだろうか。


「え?だって聞かれたんだもんたくの事」
「は?」
「正直に答えたらたくに屋上来るよう伝えろって言って行っちゃったのが十分前の話」
「なぜ十分も言わなかった!!」
「だってーたくの為になるかと思って」
「なにを・・・」


「為になるだろ?アレなんだから」


ひそ、と声を潜めて言う明に体が固まった。
いや、いやいやいや。明お前は、お前ってやつは。

「とゆーわけだ!行ってこい相棒!幸運を祈る!」

ポーンと投げ出されるように教室から追い出されるおれ。

放課後に明めがけて勢いよく降った炭酸飲料をぶちまけることを心に決め、おれはとぼとぼと屋上に向けて歩き出した。





「遅い」

扉を開けた瞬間。これだった。


帰りたい。今すぐあんな何を考えているのか分からない瞳に背を向けて逃げ出したい。


なのに、鋭い眼光そのままに長谷川彰はおれに向かって隣に来いとサインを送ってきた。

泣きたい。
何の罰ゲームなんだろう。
ドキドキと忙しない心臓の音を聞きながら巧はおそるおそる彼の隣へ移動した。


そのまま俯き審判を待つ。


「・・・上げろ?」
「え?」

なに、と問おうとしたらいきなり顎を持ち上げられた。しかも地味に痛い。
無理矢理上げられた視界の先で、黒い瞳が感情もなくこちらを見下ろしている。
ドクドクと血が流れる音が耳に響く。
するといきなり顎を持ち上げていた親指に頬を抉られた。
痛みで顔を引こうとしたが固定されていたため叶わない。

やだやだやだやだやだ。なんなんだよコレ。



「は・・・せがわ・・・何するの・・・?」
「・・・・・・・・・」

震える唇で言葉を紡ぐが応答はない。
ただ温度のない目がこちらを見てるだけ。


逃げ出したい。逃げたい。逃げたい。




「違う」


ポツリと呟かれたのは何かを否定する言葉だった。
何が?なんて聞く暇もなく固定していた指から解放される。
慌てて距離を取ると、ガッと足を踏まれて動きを止められた。


「こっちを見ろ」
「なん、で」
「・・・・・・・・・」

言葉は繰り返されない。
仕方なくゆっくり顔をあげ始めるおれ。長谷川の口元までが視界に入った辺りで・・・

カシャン

金網の音が鳴り響く。




気づけば巧は長谷川にと金網の間に挟まれていた。

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