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孤高な黒とおれ2


視線の真横には長谷川の腕。閉じ込められた。

何で何で何で??


「こっちを見ろ」

再び発せられる言葉。混乱しきった巧は素直にソレに応じる。もう早く立ち去りたくてしょうがないのだ。
けれど、顔をあげてすぐ後悔した。



近すぎる。



親しい友人間であってもそうそう現実では起こりえない近さ。

真正面には最初と何一つ変わらない表情。

長谷川彰の顔がそこにある。

緊張からこくりと唾を飲んだ。


「その目」

不意に長谷川が口を動かす。巧を写した黒い瞳を動かすことなく、彼は言葉を紡いだ。



「なぜお前はいつもその目を俺に向けてくるんだ?」



ひゅ、と唇から息が漏れた。驚愕に目を見開く姿が黒に写っている。

信じたくなかった。

だって、まさか、気づいていたなんて思いもしなかったから。

だから明に自分の事を・・・?


「どうなんだ」

ガシャッという音がして腕に力が込められたのを知る。
きっと彼は理由を聞き出すまで巧を解放してくれないだろう。


さっきまでとは別の意味で呼吸がしづらい。


ああ明・・・やっぱりお前のお節介はズレてるよ。
本当におれを思ってくれるなら、そもそも会わないように仕向けてほしかった。

「相沢」

初めて名を呼ばれる。
ビクリと体が震えて、冷や汗が全身を伝う。

言いたくない。言いたくない言いたくない言いたくない。


「相沢、巧」

少し苛立ちを含んだ声。
ぐっと首もとを捕まれて軽く圧迫される。

言い訳すらもう許されない空気に本当に泣きたくなった。
言うしかないのか。


「早く、言え」


ぐりと喉仏を圧されて顔を歪める。だけど彼の表情は変わらない。

怖いな。
きっとこの無表情も気持ち悪く歪められてしまうのだ。
だけど悪いのは自分だ。
なら、もう観念して切り捨てられた方が楽なのかもしれない。


声を発しようとする喉は、悲しいぐらい震えていた。


「・・・・・・だからです」
「聞こえない。もう一度言え」

「はぁ・・・ぁ・・・・・・だから、好きだからです・・・」


終わった。

それは絶望にも似た気持ちだった。


巧が自分の性癖に気づいたのは中学生の頃。女性に対して少しずつ近づけていたのもその頃。
最初は恐怖を拭えてきたからだと思った。
けれど違った。

巧が女性に近づけたのは、女性を好意の対象として受け入れなくなったからだ。


人間は恋をする。
それは自らが寄り添いたいと思う者に。

巧の場合、それがいつの間にか異性ではなくなった。

初めは自己嫌悪に陥った。
気持ち悪い。気持ち悪い。男なのに男を好くなんて、男に恋をするなんて。
自分はもしかしたら人間じゃないんじゃないか?イカれてるのではないか。
怖い。怖い。自分が怖い。



それを救ってくれたのはやっぱり明だった。

『いいんだよ。個性なんだから』

みっともなく喚くおれをよしよしと慰めてくれた温かさにどれだけ救われただろう。
幸い、昔からの付き合いのせいか明にはそういう好意を抱くことはなかった。だから親友として距離のまま、助けられながら今までやってきた。



長谷川彰に惹かれたのは高校に入ってから半年過ぎのころ。
違うクラスなのに噂が聞こえてくるほどの有名人。廊下ですれ違えばすぐその人と分かる。

純粋に憧れた。
自分を隠すことなく孤高に生きる彼のことを。
憧れは好奇心になって、好奇心はどんどん深まって恋になった。

だけど打ち明ける気は最初からなかった。誰にしたってそうだ。

万が一叶ったとしても、男同士の恋なんて絶対に終わりがある。

男同士では寄り添えない。生物の掟だ。

例えば自分と誰かが結ばれたとしても、それは一時の迷いにすぎない。

イレギュラーな自分は、本当の意味で誰かと幸せにはなれないから。
だったら閉じ込めたまま、憧れで終わらせた方が良い。


それが相沢巧の持論だった。



「な・・・もういいだろ?」

早くここから立ち去りたい。
気持ち悪い自分の存在をこれ以上長谷川に晒していたくない。

もう見たりしないから。
もう憧れたりしないから。

もう気持ち悪い真似はしないから。



はぁと息を吐く音が間近で聞こえる。黒い瞳は滑稽なおれを写したまま。

ぐいと再び喉を圧迫された。

あ、首でも絞められるのかな?

どうなってもいいと思った。だからもう何も見ていたくなくて目を閉じた。



けれど、温かさに再び目を開く。

変わらない無表情。だけど、ゆっくりゆっくりその瞳が細められる。
首を圧していた指がするりとうなじを撫でてきた。ぞくぞくとした感覚が背中を駆け上がる。
顔中に熱が集まっているのが分かった。呼吸が荒い。

長谷川彰はその表情をほとんど変えぬままその唇を動かした。



「いいだろう」

「なら、付き合ってやる」


ぐいと押し当てられた唇が暖かい。
ドクンと跳ねた心臓がいやに不自然だった。

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