ライン

自由奔放



「ねぇ葵、一緒に帰ろうよ」

誰もが蕩ける笑みを浮かべ彼は爆弾を投下した。



今目の前にいる少年の名前は晴樹。ジャニーズにでもいそうなルックスの持ち主で、学校内にファンが多い。

そんな彼が、別段親しくないだろう私に下校を共にしようと言っている。
しかも現在AM8時。予約にしても早すぎである。


正直、断りたい。


だって私、一般生徒だもん。こんな人気者と一緒に歩くことも叶わないはずの普通の人だもん。

恨まれるじゃん、周囲の女子に。

けどさ、ここで断っても「あんた何様!」って因縁つけられちゃうわけ。

せめてこんな教室で堂々とではなく、別の所で言われた方が断れただろうに・・・。


そんなことを考えながら、私は小さな声で「別にいいよ・・・」と答えた。


「やった!じゃあ約束ね」

にっこりと笑い、晴樹君は自分の席に戻っていった。

周りからの視線が痛い。

私はずるずると机に伏し、腕の中に顔を埋めた。




晴樹君に話しかけられるようになったのは一週間前。

特にきっかけはなく、ただいきなり「おはよう」と言われ、「おはよう」と返した。それだけ。

それが今では毎日声をかけられ、挙げ句の果てに今朝の出来事だ。テンションが下がる。

それを直美ことナオに愚痴ったら「気に入られちゃったねぇ」と仕方ないみたいな反応をされた。輝ことテルに関しては「脈ありなんじゃねぇ?」と小指を立てて笑われる始末(ちなみにテルはその後問答無用でシメた)。


「何でなの・・・」

何度目かの溜め息が切なくてたまらなかった。




よくよく考えたら、ナオでもテルでも捕まえて「用事ができたと」嘘をでっち上げることも出来ただろうに。
人との約束は破るな。母の教えを今だけは少し恨めしく思う。
そして、そんな自分がちょっとだけ嫌になりそうで悲しかった。


だるだると校門まで歩くと人だかり。
晴樹君がいるのだと容易に知ることができた。



「じゃあまたね!はるくん」

人垣から小さな人影が抜け出していく。
確か隣のクラスの奈々さんだ。
毎日可愛い身だしなみだと有名で。


そして、晴樹君のガールフレンドでもある。



「あ、待ってたよ葵。早く帰ろう!」

こちらに気づいた晴樹君が笑顔で手を振ってくる。小さく右手を挙げて応えた。周りの奇異なものを見る目に息が詰まる。


どうして。

どうして私なの?







「葵は自覚が足りないよ」

え?と呟き俯いていた顔をあげると思った以上に近い場所に晴樹君の顔があって慌てた。
しかも、珍しく笑ってない。真剣な表情でこちらを見ている。


「な・・・にが・・・?」


やっとの思いでそれだけ返すと、綺麗な顔の眉間にシワが寄っていく。

「葵はさ、自分の長所に鈍感すぎるんだよ」

今度はぷくっと膨れっ面になって見つめられる。
今日の晴樹君は十面相らしい。コロコロと表情を変える。


「みんなみんな知らないんだ。葵が優しくて面白くて明るい人だってこと」
「前に僕が困ってたら然り気無く助けてくれたよね。エヘヘ・・・あれは嬉しかったな」
「ちょっと気に食わないと思うとみんなして葵を攻撃してさっ!ひどいったらもう!」


「・・・あの、何が言いたいの晴樹君」


「だーかーら!僕が言いたいのはすごくすごくすごく葵のことが、好きってこと」


真っ直ぐ、見つめられてそう言われる。
ああもう、意味がわからないよ晴樹君。
君は私に何が言いたいの?

お願いだから私のペースを乱さないで。


そんな願いも空しい手を引かれるままの帰り道。


「僕はずっと葵を見てた。話すようになってからは色々聞いて、それでもっともっと葵を好きになった。僕は葵に首ったけなんだよ?」

にこりと夕焼けをバックに蕩けるような笑みを向けられる。手を広げ太陽を隠す姿はまさに無邪気な子どもそのものだった。

でも彼が外見どおりのいい子ちゃんでないと、誰が知っていただろう?

晴樹君がこちらに向かって歩いてくる。
手を握られると素早く体を引かれた。
よろけた体を晴樹君に支えられる。

するりと頬を撫でられて、私の心臓は意味もなく必死で働き出した。



「ねぇ葵?君はキスって、したことある?」










「何て夢を見たんだ」

一通り話終えて陽の様子を見ると、いつも通り。

そう見せかけて、実はめちゃくちゃご立腹である。

「・・・お前は出たのか?」
「んー?いや、よく覚えてないし、夢の中には夢の中の人しかいなかったなぁ」
「・・・ふーん」

少しだけ持ち直したらしい陽がすりすりと体をすり寄せてくる。するがままにしておくことにした。


「ああ、でも・・・その夢で見た女の子だけど・・・」
「どうした?」

「顔が陽にそっくりだったよ」



そう言ったら怪訝な顔をして「そうか・・・」と彼は返した。

それで夢の話は打ちきりになった。


+++
実は未来っ子。

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