ライン

心配なはずだった


7月凡日。文化祭当日。


「頼むよ渋澤!」
「い・や・だ!!」


絵はクラスメイト代表の小坂井と睨みあっていた。




絵の所属する一年A組は文化祭に屋台を出すことになった。
毎年一年生のクラスが、周辺地域から集めた古着や小物を売り出すのが恒例らしい。いうなればバザーだ。

それを担当することになったのだが、ここからが大変。

それなりに知名度があるはずの恒例バザー。
開始二時間にしては集客数が物凄く少ないのだ。

どうも上級生の出し物が人を惹き付けているらしい。しかも出し物の会場はA組の屋台とは校舎を挟んで真逆の位置でやっている。

このままではヤバい。

かくなるうえは呼び込み!

その人員として白羽の矢が立ったのが、


「頼むよ渋澤!」
「やだってば!」


そう、渋澤絵・・・・・・・・・・・・ではなく。



「マジで頼むって!高内が動けば注目間違いなしなんだからさ!」


クラス長で隠れイケメンと最近名高い高内陽であった。
絵はその高内を動かすためにお願いされているのである。

なぜなら高内君、渋澤くん以外の人と会話を交わしたことがないのである。そこに外見も相まってなかなか話しかけられない人となっているのだ。
そんなわけで唯一対等者の絵がこうして頼み込まれているのだが・・・頑として断っている現状。


「何でだよ渋澤!お前に不利益はないだろ!」
「そ、そうだけど・・・」
「じゃあいいだろ!クラスのためだと思って!」
「うー・・・」


な?な?な?と小坂井から強い強い眼差しを送られ思わず後退る絵。

それが全てを決した。

その怯んだ一瞬で小坂井は絵との間合いを詰め、その両腕に力を込める。
そして、相手が動き出すより先に絵を力一杯高内陽が座るテントへと押した。

なすすべもなく、絵はテント内部へとよろけこむ。
体制を整えてはぁとため息を吐けば奥から「どうした?」という問いかけが投げられた。


「・・・何か問題でもあったのか」
「大有りだよ、バカ野郎・・・」

絵がむすっとした表情で言えば、奥に座っていた少年―陽がのそりと立ち上がる。そして、絵の傍まで来ると首を傾げた。

「・・・どうしたんだ?」

仮にもクラス長である。一応クラス状況を気にしているらしい。
それはよいのだが・・・問題は別にある。


「・・・・・・・・・」
「絵?」

口をつぐんで俯く絵。それは、迷いの仕草である。

絵とてクラスの一員。この状況を脱却したい思いのは同じなのだ。
それでも彼に先の話を切り出せないのは、彼を思ってのこと。


それは、陽が人からの注目と人混みを嫌っていることだ。

呼び込み、つまり客寄せは言わずもなが人の注目を引き付ける仕事だ。
確かに、顔がいい陽がやれば効果は絶大だろう。
けれど、それは本人に不快を与える決定なのだ。
だからこそ絵は伝えるか否かを決めあぐねている。


好きな人に不快な気分など味わってほしくない。だから。





「・・・・・・絵」

ん?と反応するより先にむにっと頬をつままれた。ぐにぐにと大きな指に引っ張られたり押し潰されたりする。

「ひゃにふふんひゃよう(何するんだ陽)」
「・・・なに遠慮してる?」

じっと見つめられて問われる。
真っ直ぐに向けられるその真剣な眼差し思わず心臓が跳ねた。


「・・・遠慮、はしてない」
「じゃあ・・・どうして言わない?」
「・・・・・・陽が嫌な気分になるだろうから」
「・・・それは、クラスに関係することか?」
「そうだよ」
「なら・・・言え、絵」


そうして再び頬をむにむにされる。
その手をぺしんっと叩き落とすと小さく陽が笑う。なんだか構われて嬉しい子どもみたいだ。


「怒るぞ」
「・・・それは勘弁してくれ」
「・・・で?本当にいいのか?」
「俺が関係する話なんだろ?・・・なら聞くさ」


そうか。

呟いて小坂井からの要望を伝える。勿論陽は分かったと言って宣伝用の看板を手に取る。



「無茶するなよ」


ただ、思った言葉を発したらキョトンとした表情で見つめ返された。

「なんだよ?」
「いや・・・別に無茶をしにいくわけじゃないと・・・」
「それがそうはいかないんだ。陽は案外無茶をするタイプだからな。きにかけるのが当然だろ」


ぱちぱちと瞬きを繰り返す陽。
言ってはなんだが彼は本当に自分を分かってない。
手を抜いてるようで絶対抜かないのが、高内陽という人間だ。
たとえそれが嫌なことでも。だから心配になる。


そんな絵の心の呟きが聞こえたのか、陽はふっと表情を和らげるとイタズラっぽくこう言った。



「なら・・・俺が無茶をしないよう絵が見ていてくれないか?」



勿論答えはNOである。しかし、陽はススス・・・と絵に近づくと至近距離で「駄目か・・・?」と眉を下げた。









数分後、文化祭の来客の中にはバザーの宣伝をする二人の生徒がいたそうな。


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陽さんあざとい。

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