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女男子生徒Bー9


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「・・・そろそろ離してくれない?」

陽の腕に閉じ込められて数分。そろそろ勉強を再開したい。
・・・が、

「・・・もう駄目か?」

しゅーんと悲しげに細められた瞳が見つめてくる。そう、これが伝説の「捨てられた子犬の目」。
いつどう学んだかは定かでないが、この母性本能をくすぐってならない技を彼は使うようになった。
無論、絵はこの眼差しに弱い。胸がきゅぅっと締め付けられて思わず謝りながら頭を撫でたくなる。
しかし、それでは奴の思う壺。話題転換を試みる。


「そ、そういえば平が報告書の承認を気にしてたなー」

さりげなく目を逸らしながら一言。ぴくりと陽が反応を示す。

「あの書類、たーしかおれは目を通したんだけどなー。でもまだ承認を知らないってことはー上で止まってるのかなー?」
「・・・・・・ずるいぞ絵」

少しだけ不服そうな陽の声に「お前がだよ!」と突っ込みつつ、無言で陽の体を押す。
どうやらそれで観念してくれたらしく、陽はしぶしぶ向かいの席に戻ってくれた。ドキドキと忙しない胸をおさえほっと一息。

再びシャーペンが紙の上を走る音が教室に響く。


「なぁ、絵」
「なに?」
「進路・・・決めたか?」
「うん。てか、入学の頃から考えてたまんま、おれは就職一本だよ。
陽は?」
「・・・一応、進学を考えてる。父方の家が入学金を出すと言ってて・・・なら、と」
「そっか」



「なぁ、絵」
「なに?」

「一緒にいよう」


ぴたりと手を動かすことをやめる。教室から無機質な音が消える。
聞こえるのは、互いの小さな呼吸音。

黒い瞳がこちらを見ている。
二年前のあの日まで隠されていた瞳が、真っ直ぐ自分を映している。


陽が言葉を紡ぐ。



なぁ、絵。
これからちゃんと卒業して、互いの進路を歩み出しても一緒にいよう。
もっと互いを知るために。
今はまだ、殻をまとわなければならないけど、
いつか外で絵の本当のありのままを知りたい。
知って、ずっと一緒にいたい。





「・・・お前恥ずかしいよ」

顔が内側から火傷してしまうんじゃないかってぐらい熱い。思わず手の甲で口許を隠すと陽がくすりと笑った。

穏やかで、安心しきった笑顔。

あの頃よりもより柔らかに、より深く分かりやすく笑っている。


つられて笑い出しそうになるのを、やっぱり手の甲で隠した。


「駄目か、絵?」
「駄目なわけないじゃなん。その・・・こっちとしては、あの、よろしくとか・・・ゴニョゴニョ」
「じゃあ、約束だな」


すっと、陽の右手が小指を立てた状態でこちらに差し出される。そのどこか愛らしい仕草にこらえきれない笑みがこぼれる。

「指切りとか・・・案外子どもだね」
「そうか?・・・・・・あ」
「ん?」

指を絡めようとしたら陽が何かを思い出したような声を出す。

「どうした?」
「いや・・・そういえば、こうして誰かと指切りをするなんて初めてだと思って・・・」

「ふぅん。じゃあ尚更破れなくなったね。守ってくださいよ、初めての指切りげんまんを」


いたずらっぽく言って小指を絡めたら陽までこらえきれないといった風に笑い出した。その内互いに肩を震わせて笑みをこぼす。

ほんのり胸が温かくなったのは、多分私だけじゃないはずだ。







女男子生徒

女を偽ってでも、ここの男子生徒になって良かった。

君と出会えたから。


君と一緒に歩めるから。





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これで絵と陽のお話はとりあえず終わりです。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

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