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女男子生徒Bー8



はい、とヘアピンをつけてやると瞳を穏やかに細められた。


「・・・授業サボっちゃったなぁ」
「ああ・・・」

壁に二人仲良くならんで教室内の積み重ねられた段ボールを見つめる。
どうも社会科準備室らしいこの教室にチャイムが鳴り響いたのは十分前だ。
今から教室に飛び込めばまだ遅刻にしてもらえるかもしれない。

けれど、今は動きたくなかった。こうして陽と並んで座ってるのがとても心地よい。


「なあ・・・絵」
「なに?」
「・・・お前、普段はああいう喋り方だったのか?」
「う・・・こ、ここでは素が出ないように気を付けてたんだけど・・・変?」
「・・・お前が男なら、多少・・・・・・でも珍しいものが聞けた」

クスクスと笑われると恥ずかしさが込み上げてくる。あと残り二年と半年はちゃんと素を出さぬよう心に誓った。


「・・・絵」
「ん?」
「俺は・・・お前の友人か?」
「何だよ急に?」

当たり前だろ、と断言すると、今まで前を向いていた陽の顔がこちらに向けられた。
なぜか真剣な眼差しを向けられている。「なに・・・?」と瞳で訴えると、静かに彼の唇が言葉を紡いだ。


「・・・それ以上の関係に、なっちゃダメか?」



「・・・・・・・・・え」

一瞬思考が追い付かなかったが、すぐ顔がかぁっと熱くなる。

いつかの言葉が頭の中で蘇る。


『・・・付き合おう』


こっちを見つめる真剣な瞳から、顔を背けたい。誤魔化すための笑みは分かりやすいほど渇いていた。


「は・・・はは、それは“親友”ってことかな?」
「・・・絵」
「あぁ、陽となら“親友”ってのもいいな。案外馬も合うし・・・三年間お世話になるし」
「絵!」
「だって!」


顔が熱い。心臓はずっとバクバクと早く鼓動を刻んでいて、呼吸をするのも苦しい。
胸が痛い。


「・・・だって釣り合わないだろ?一緒にいたってせいぜい仲の良い兄妹だろうし・・・」

ああ、違うのにな。
本当はこんな言い訳を言いたいわけじゃない。
陽は真剣になのだから真剣に応えるべきなのに。

初めてなんだ。
異性からこんなにも真っ直ぐな想いを向けられるのは。

恥ずかしくて、嬉しくて、怖くて、逃げたい。

我慢の限界で、目を伏せて陽の視線から逃げた。ぎゅっとズボンの裾を握りしめ、唇を噛む。
心臓がうるさい。こんなんじゃ言葉を返すこともできない。落ち着け。落ち着け、落ち着け自分。



「・・・絵」

俯く自分にそっと腕が伸びてきたのに、私はワンテンポ遅れて気がついた。

頭を撫でられる。

騒がしくなっていた気持ちがゆっくり静まっていくのを感じた。


「・・・絵は、俺のことをどう思っている?」

じ、とまた見つめられる。けれどそれは、先ほどまでの真剣な瞳でなく、静かに和らいでいた。

「絵にとって・・・俺は気の合うクラスメイト?それとも友達?」
「それは・・・」

断然友達に決まってる。
だけど声にできない。

だって答えてしまったら、きっとそれが陽の答えにもなってしまう気がするから。


分かってる。

ただの友達なら、こんな風に答えを窮したり、苦しいほど見つめあったりしない。

答えは分かってる。
必要なのはそれを外へ放つ覚悟。

家族に対してでも、友達に対してでも違う。特別な人にだけ伝える特別な気持ちを放つ覚悟。


「・・・どっちも違う」
「じゃあ・・・嫌いか」
「ちっ違う!いちいち悲観的な方向に持っていくな!」
「だったら・・・なんだ?」

まだ心臓はうるさい。
だけど陽のお陰で心こんなにも穏やかだ。

大丈夫。



「・・・嫌いでもないし・・・普通の友達でもなく、その・・・・・・私にとって、陽は・・・特別だから」

きゅと思わず陽の服を小さく掴む。
ああぁぁ大丈夫だと思ったら全然大丈夫じゃなかった。心臓が口から飛び出てそうで唇は動かない。もう少しなのに、もう少しなのに。


「・・・そうか」

ふっと陽の雰囲気が一気に柔らかくなる。そろそろと伺うと優しい笑んだ陽がそこにいた。


「・・・ずっと不思議だったんだ。どうしてこんなにもお前のことを知ろうとして、近くに無理にでもいようとしたのか・・・。きっと俺は、助けてもらいたかったのかもしれない」


こちらに向けられる笑みが深いものになる。優しさを孕んだ笑顔。


「俺は・・・しょうがない人間だ・・・・・・自分すら満足に扱えない幼稚な人間だよ。
それでも・・・それでも一緒にいてくれると言うんなら・・・・・・」


ふわりと空気が揺らいだ。
間近で感じられる温かさ。
何もかも、何もかも包み込まれて。




「好きだ、絵。
俺と一緒にいてほしい」




視界が潤む。
どうしようもなく泣きそうになりながら懸命にそれを堪えて、抱き締められた胸にしがみつく。



「私も、好きです」


ずっと胸にとどまっていた言葉が溢れ出る。
陽はただ何も言わず私を抱き締めてくれた。
私も、何も言わずに全てを陽に預けていた。


それだけで、全部が満たされた。


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