ライン

女男子生徒Bー7




腕を伸ばして大きな背中に手を回す。力を込めると、まるで逃げるかのように彼は体を捩った。


「何・・・してるんだ・・・?・・・離せ・・・連れ込まれた挙げ句・・・怪我をさせられて、こんな馬鹿馬鹿しいこと・・・・・・なあ、離せよ・・・離せ、絵・・・!」


無理矢理体を引き剥がされる。またあの苦渋を浮かべた顔が視界に映る。

最後の力を振り絞って髪に絡んでいたヘアピンが、音もなく抜け落ちていった。




「ごめんね」

黒い瞳が見開かれる。
唇がわなないて、不規則な呼吸がそこから漏れる。


「ごめんね。気づいてあげられてれば、こんな思いをさせずにすんだのに・・・本当にごめんなさい」

「な・・・にを・・・・・・?」

「・・・寂しかったんだよね?」


ビクンッと陽の体が震える。彼の胸にそっと頭を預けた。トクトクと響く心臓はひどく弱く幼い。

「ずっとずっと寂しかった・・・誰も自分を気にかけてくれない、誰も自分を特別に見てくれない。それが悲しくて寂しくて・・・自分は世界で一人ぼっち」

「・・・やめろ」

「助けを求めたって、誰もきっと気づいてくれないから・・・だから一人で強がって・・・」

「やめろ」

「だけど、だけど・・・結局何も変わらなくて、溜め込んで・・・最後には、ぶつけてしまう」

「やめろ!」


陽の息が不規則に荒くなる。微かに震えている体。

気づきたくないと叫んでいるのか手に取るように分かった。


「私も同じだよ」



え、と小さく小さく漏れた言葉を目を閉じて拾い上げる。


「同じなんだよ。私も・・・世界に一人ぼっちだと思ってた。誰も自分なんか受け入れてくれないと思ってた。
・・・大事だと思えた人を、傷つけた」


ひゅうと息を呑む音が聞こえる。

陽は、私と一緒だ。
拒絶された。陽は額の傷で、私は名前のない事実で。
だから怖かった。自分以外の他人から再び拒絶されることが。
だから殻を作った。誰も入ってこれない強がりの殻。

なのに人間は不便なもので、一人では生きていけないように出来ている。だから嫌が応なしに他人の中に置かれて、拒絶されないか怯えて。
それが胸に積って、やっと心が許せる相手が見つかったのに、些細なことで爆発してしまうのだ。


私にとって、院長先生がそれだった。

名前をくれて。
優しく語りかけてくれて。
初めて大好きだと思えた人。

だけど、私一人を構ってくれるわけではない。
それが嫌で、悲しくて、苦しくて、辛くて、痛みをぶつけてしまった。


けれど院長先生は、それでもそんな私を抱き締めてくれた。そうして、私の殻を破る手助けをしてくれたのだ。


だからこそ、私は私と同じ陽に殻を破ってもらいたい。


彼の胸から顔を離し、顔を見つめる。
様々な感情がせめぎあった瞳が私を写し出していた。


「陽・・・」

そっと彼の頬に手を伸ばす。

「触るな」

強ばった声に制されて宙で手を止める。静かにただ、陽を見つめた。


「・・・絵が、言った通り・・・俺もそうなのかもしれない・・・でも、それでも俺がお前を傷つけた事実は変わらない。だから・・・触るな。お前を傷つけた俺に・・・お前が優しくしてくれる必要ない」

「そんなことない。だって私も陽を傷つけた。だからお互い様でしょう?」

「そんなことあるか!俺は・・・俺はお前怪我をさせたんだぞ!何がお互い様だ!俺の方が・・・」

「お互い様だよ」


すっと頬に触れる。びくりと体を震わせ、手を剥がそうと陽の手のひらがこちらに伸びてくる。



「絵、だから・・・!」
「だってそうじゃない。陽も今、血を流しているのにどこがお互い様でないと言うの?」


静かに見開かれる瞳を見つめながら、頬に触れた手でそっと陽の額を撫でた。
髪の毛の下、大きな傷が隠されているそこは流れ出る血で紅く濡れていた。

「痛い?」

そっと黒髪を傷に障らぬよう退かす。少しだけ見やすくなった陽の表情に、先程までの荒々しい雰囲気はもうなかった。


「・・・分からないんだ」


伏せられた瞳が、陽の不安を伝えてくる。

もう一度、腕を彼の背に回した。今度は抵抗もなく、自分より大きな体が少しだけ体重を預けてくる。


「・・・痛い。けれど、それはこの傷が、なのか・・・それとも別のものなのか・・・分からない・・・」
「それなら、落ち着くまで休めばいい」

ぽんぽんと背中を叩いて休むよう促す。陽は少しだけ身動きをしたが、結局またこちらに体を預けてきた。


「別に焦らなくていい・・・ゆっくり考えよう?ちゃんと考えがまとまるまで・・・。大丈夫。私はずっと傍にいてあげるから」

そう語りかけるとゆっくりと陽の腕が体に回された。




「なぁ、絵」
「んー・・・?」

「・・・俺は、誰だ?」


「お前は、陽だよ。この学校に通う、私のクラスメイトで、私の一番の友達の・・・陽だよ」



ぎゅっと腕に力が込められて更に体が密着する。
「・・・ありがとう」

小さく囁かれた声は、もう震えてはいなかった。


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