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女男子生徒Bー6


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幼い兄が顔をぐちゃぐちゃにしながら何かを訴えている。

止めてと、主語もなくただそれだけを叫んでいる。


そっとその人が兄を押しやり隣の部屋へ移動させる。

ガチャリ。

兄の姿が扉の向こうに消えた。


その人がこちらを見つめる。
悲しくて、苦しくて、憎たらしい気持ちを込めた眼光に射抜かれる。



『どうして?』

『どうしてお前はあの人の姿をしていないの?』

『どうしてお前はこんなにも私に似ているの?』

『お前なんて・・・私に似ているお前なんて、お前なんて、お前なんて・・・!』



ぐいと引き寄せられる体。力一杯全身をはたかれる。
体を丸めたら、髪を引っ張られて顔だけ上向かされた。


『こんな私に似たお前なんて・・・・・・!!・・・消えてしまえっ!』


悲痛な叫びと共に額に何かが走った感触。

刹那、額から全身を焼くように甚大な痛みが走る。


泣いた。
言葉にならぬ叫びを鼓膜が破れんばかりに張り上げてその人に訴えるように。

体を床に押さえつけられた。

恐怖に力の限り暴れる。

視界が紅い。

振り上げられた掌にはたかれてまた泣き喚く。


終わりにして。

もう、何もかも。


声が枯れるまで叫び続けた。

そして与えられる理不尽な痛みが止んだとき。



ぐちゃぐちゃに歪んだ視界の先で、母さんは無表情のまま泣いていた。

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意識が現実に戻ってくる。

明瞭になる思考。

全身から力が抜けていく。


耳が痛くなるような静寂の中、自分が組み敷いている相手。

頬から血を流した絵の姿が明確に脳に送り込まれてきた。




記憶の中、血を流していたのは――俺だ。

けれど現実で血を流しているのは、絵だ。


じゃあ記憶の中で俺を傷つけたのは?
俺を憎んだのは?
俺に消えてしまえと願った母さんは―――現実の、俺じゃないか。


「・・・か・・・・・・ぃ・・・」


喉が痙攣を起こしてるかのようにひくついて声が出せない。

そっと腫れた頬に手を伸ばしたらまだ乾かない血が指に付着した。



この傷を負わせたのは間違いなく自分。
感情に身を任せて、絵を傷つけたのは自分。

あの日の母さんのように、


大切に思った人を傷つけたのは、母さんによく似た、俺自身。




「は・・・はは・・・・・・」


何だ。

同じじゃないか。




心を閉ざして世界を遠ざけようが

髪を伸ばして過去を拒絶してみようが

結局、同じじゃないか。



俺はあの日、母さんに言われた通り、母さんと全く同じ人間じゃないか。


「は・・・ははは・・・・・・はっはははははは、ははははは!」

馬鹿馬鹿しい笑い話。
なんて滑稽。
同じなんだ。
同じなんだ!
俺は、俺自身は、世界で一番遠ざけたい母さんと全く、寸分違わず、同じだ。同じだ。同じだ!






だからもういい。

だから、






誰かもう、終わりにしてくれないか。





「やめて」


壊れたように笑う俺を、小さな小さなその体で包み込むように、

彼女はそう耳許で囁いた。




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