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記憶をリセットする病気
ずっと前、私には一人の友達がいたの。
友達はおっとりした、私なんかよりずっと可愛い、男の子だった。
泣き虫で弱虫で、小さな村のたった一人の友達。毎日一緒に遊んだわ。
でもね、ある日友達は病気にかかったの。それはね、記憶を亡くす病気。
日に日に友達は幼くなっていくの。思い出を亡くしていくの。
だけどね、私の名前を呼んで、私の傍に駆け寄ってきてくれるのよ。
毎日、毎日。
お医者様の話だと、その奇病は全ての記憶が亡くなるとトンと消えて、また記憶を貯めれるようになるのですって。
なら、一気に忘れてしまった方が貴方のためかなと思った。
だけどね、まだいいよねって思ったの。
貴方が私の名前を呼んで、傍に駆け寄ってきてくれる間は。
でも友達は連れてかれたの。誰か知らない、大人の人に。
「これで私の話は終わり」
少し強めに吹いた風が、君の夕日に映える赤い髪を撫でた。
泣きそうな顔で微笑む君の隣に僕は立つ。
「思い出させてごめんね」
「気にしてないわ、忘れんぼさん」
サァサァと風が木々を揺らして音を奏でる。
あの日、いなくなった男の子はある男爵の家の子になった。
あの日、残された女の子は美しく成長した姿で貴族の養子としてもらわれた。
「・・・なぜだか、昔から赤色に強く惹かれるんだ」
「それは本当に昔の話かしら?」
「少なくとも今の僕の記憶が始まってからはね」
心の奥隅から誰かに語りかけられるように、気がつくと赤色を目で追った。
大抵はそれで終わりだった。それまでは終わりだった。
少女と出会うまでは。
少女の名を知るまでは。
そっと君の手をさらってみた。
握ると、きゅっと握り返される。
心が温かくて思わず笑ったら、君もおかしそうに笑った。
ふと、君の首元に光る愛らしい首飾りが目に入る。
「初めて見るな、それは誰かからの貰い物?」
ついと指差せば、君の視線がその先を追う。
笑顔が、凍りついた。
可愛い丸い瞳が静かに見開かれる。握られていた手から、力が抜けていく。
「どうしたの・・・?」
「これ・・・」
・・・貴方が選んでくれたのよ?
サァサァと木の葉が擦れる音だけ響く。
色を無くした君の瞳に、僕の姿が映り込んでいる。握りあった手のひらが信じられないくらい冷たい。喉がカラカラに乾いている。嗚呼・・・・・・・・・。
ごめんね。
いつからだろう、毎日書き留めている日記の中に、覚えのない記述が残っているのに気づいたのは。
いつからだろう、毎日顔を合わせているはずの従者達の、名前が抜け落ちたように分からなくなったのは。
昨日のことは覚えてる。
だけど、一昨日の記憶はない。
一日が終わると、今までの記憶が少しずつ、何もなかったかのように消えている。
いつからだろう。
いつから日記を読み返して、君との知らない思い出を見つける度に、
胸が締め付けられるようになったのは、いつからだろう。
「もう、私はここに来ないわ」
風に髪を煽られながら、少女が言う。
「明日、貴方がここに来たとしても、私は貴方に会わない!・・・その次の日には・・・・・・もう私なんていなくなるでしょう?」
貴方の記憶からいなくなるんでしょう?
「ごめんね」
驚くくらい嗄れた声で呟きながら、君の体を抱き締める。
柔らかくて、温かな体温。仄かな君の香り。今この体で感じるもの、刻み付けているものが、消えてしまうだなんて信じたくなくて君を閉じ込める。
「・・・君をたくさん傷つけた。何回も、何回も・・・それでも、君を傷つけると分かっていても・・・僕は・・・・・・僕は君を、忘れたくない・・・っ!!」
ズキズキと胸が痛む。
ぼろぼろと君を濡らしているのは僕の涙だ。
気づいたら胸の中で圧し殺した声が震えている。
君の体も震えている。小さくて温かい、愛しい人と二人で泣いていた。
二日後には、この感情も、思いも、寂しさも、出来事全てを僕は亡くしてしまうのだろう。
もしかしたら、明日にはもう亡いのかもしれない。
「・・・まだ傍にいる」
ぐす、と鼻声気味に少女が言う。
「貴方が、貴方が私の名前を呼んでくれる間は・・・一緒にいるわ」
ギュッと君が僕の体を抱き締める。
僕を慰めるように。
僕を捕まえるように。
ありがとう。
君の体を抱き返して、明日の約束をしながら太陽の沈んだ空を仰いだ。
消えしまう方も、消されてしまう方も辛いだけの選択。
ねぇ、また全てをゼロからやり直すことになったら、今度は一番に君の姿を瞳に焼き付けたいです。
そして君は、僕に一番に教えてください。
僕が亡くした、僕をもう一度始める僕自身(名前)を・・・。
+++
記憶が徐々に消えていったら怖いなと思った。
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