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女男子生徒A-8




「俺の“高内”っていうのは、母方の姓なんだ」
「お母さんの?」
「そう、それで兄貴の“時遠”は父方」



よくある話だ。

例えば、親の離婚なんかで兄弟が別々の親に引き取られれば、血が繋がっていても名字は違ったりする。


「・・・でも、俺の親は別に離婚はしてない。
ただ、俺は父親なんて人にあったことはない」
「え?それって・・・?」
「・・・どうも兄貴の話じゃ俺が生まれてすぐに父親はどこかに消えたそうだ。ただ、実直だったらしい父親は家出をするような人間じゃなかったとも聞いた」
「・・・・・・」

どうも、陽の家庭はなかなか複雑な環境にあるらしい。ちょっとずつ、陽の家庭事情を頭に描きながら絵は耳を澄ませる。


「母は・・・女手一つで頑張ってくれた。・・・でも、俺が五つの時に死んだ」
「・・・え」
「身寄りをなくした俺達兄弟は両親の兄弟に引き取られることになった・・・だけど、どうも両家の間柄は最悪だったらしい」

ふぅと陽が一息吐いて天井に視線を移す。
きっと、当時のことを思い出しているのだろう。多分、辛いだろう思い出。
それでも、陽が話してくれるというのなら自分は聞く。陽が“話したい”ことを。


「相当いがみ合っていたのか、相手を連想させる面すら憎かったんだろう。父親似の兄貴は父親の兄である伯父の家に、母親似だった俺は母の妹の叔母の家に引き取られた。
名字が違うのは・・・憎たらしい家の名前なんて聞きたくもないからだそうだ」


ギッと椅子に寄りかかる音が静かな教室内に響く。


「・・・そろそろ帰るか」


そんな陽の声にふと時計を見た。

午後五時五十分過ぎ。

気づけば校庭に響いていた部活動の騒がしさも静かになっている。
お互いに荷物をまとめて、一緒に教室を出る。

人がいない廊下を歩いて玄関を出た。


「陽、」


少し前を歩いていた陽が静かに振り返る。その隣に並んで、おれは一つの言葉を彼に向けた。



「話してくれて、ありがとう」



ピタリと彼の足が止まる。

どうして?

瞳が真っ直ぐに向けてくる疑問。


「これはさ、うちの孤児院にあるルールの一つ。もし、その人にとって大事な話とか、辛い話をしてくれた時はこう言うんだ」

ヘアピン渡した時は言い忘れてたけど、と付け足して誤魔化すように笑う。本当なら、あの時にも言った方が良かった。どちらも、陽にとっては辛い話だから。


「おれに陽のこと教えてくれて本当にありがとうな」


少し目を見開いて、すぐに彼は俯いてしまった。
何か気に障ったかな?と見つめてたら、俯いたまま大股で陽が距離を詰めてきた。思わず後退りかけるのをなんとか堪える。

「ど・・・した?」
「・・・・・・た・・・」

ボソボソと呟いている言葉が聞き取れなくて首を傾げる。すると、陽は少し屈んで顔を近づけてきたかと思うと、真っ直ぐにこちらを見つめてこう言った。


「・・・絵が、そうなら・・・俺の方こそ、お前のこと・・・話してくれてあり・・・がとう」


言い終わってから陽は目を逸らして口許を手で覆う。その珍しい反応が可愛らしくて、思わず笑ってしまった。

「じゃあ今日はお互い様だな!うん、どういたしまして」
「・・・どう、いたしまして」


少しだけ、陽も目元を緩ませて笑んだ。
それがまた嬉しくて、おれはもう一度笑った。

短い帰り道を、二人で笑いながら歩いて帰る。それが今日一日の中で、何よりも楽しかった。




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