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女男子生徒A-4



午後六時。
いつもなら学校から帰宅する時間、今日の絵は生徒玄関ではないところに立っている。


四階の一番端、外階段に一番近い扉、絵の部屋の真上にあたる部屋。

陽の部屋、その玄関の前。


「やだな・・・なんでこんなに緊張してんだろ」

実はさっきからドアノブを掴もうと手をのばし、引っ込めるという動作を繰り返していたりする。

友達の部屋に来ているだけなのに。

やはり異性という意識が変な緊張を生み出しているんだろうか?
しかし、このままでは埒が明かないのも事実。

と、そこでノックすればいいと考えつき、ドアノブにのばしていた手を扉の中心へ移動させる。


トントン。


叩いた瞬間に少しだけ身を退いたりしてしまった。何やってるんだろう自分。


暫くしない内に陽が扉から顔を出すが、玄関と絵の間に空いた微妙な距離に首を傾げた。

「・・・どうかしたか?」
「ナンニモアリマセン」
「ふぅん・・・?ま、あがれよ」
「お邪魔します・・・」


陽の背中についていきながら、絵は初めて陽の部屋に足を踏み入れた。

絵のとこと負け劣らないくらい質素な部屋。いや、こちらの方が物が無いかもしれない。装飾類が何一つ置かれていない部屋。


「・・・もうできるから」


そう言って陽はキッチンに向かう。
なんとなくそわそわしながら適当な場所に座り込んだ。部屋に香るいい匂いに鼻腔をくすぐられる。久しぶりに誰かと食べる夕飯に、絵はちょっとだけ嬉しくなった。


+++


「・・・神様!」

食後。
開口一番に絵はそう叫んだ。

「いきなり・・・どうした」
「プロだ!ここに料理の神様がいる!」
「・・・んな大袈裟な」
「大袈裟なもんかよ!おれこんな美味しいカレー初めて食べたぞ!」

絵はとにかく感動していた。
夕飯はとても家庭的なカレー。しかし、今まで食べたことのあるカレーとは味がけた違いに異なっていた。コクというか、深みというか、絵には表現しきれない違いが陽のカレーにはある。

「なんて奥深いんだ・・・」
「・・・だから大袈裟だって」
「これ、ルゥ使ってる?」
「いや・・・我流」

神だ。
しかもね、このカレーお豆腐入ってるの。節約レシピっていうやつですよ。

「陽はあれだね。主夫としても生きていけそうだな」
「・・・喜んでいいのか微妙なところだな」
「褒めてるんだぞ」
「・・・そうか?」

疑わしげに首を傾げる陽に「そうなの!」と念押しして使った食器を流しに運んだ。そして、置かれていたスポンジを掴みそれらを洗う。

「洗剤ってケチった方がいい?」
「・・・やっぱ俺やるぞ」
「駄目!頼むからこれだけはやらせて下さい!」

あんな美味しい手料理をいただきっぱなしというのはすごく、ものすごく申し訳ない。だからせめてと陽に片付けだけやらせてと、土下座しそうな勢いで頼んだのだった。

「・・・まぁ絵のやりやすい方法でいいよ」

ひょっこりとこちらの手元を覗き込んでから、片付け仕事を完全に任される。そんな小さな任され事に、施設での役割仕事を思い出した。
あの頃は自分だけでなく、人の事もやるのが当たり前だったから。ちなみに料理面での絵の仕事は大方片付けで、調理の方はたまに程度だった。なので片付けの手際さならなかなかのものと自負している。

「“使う前より綺麗に”がモットーだったおれだ。綺麗に片してやるよ!」
「ふぅん・・・?まぁ・・・とにかく頼むな。俺、風呂いってくるから」
「ほいよー。
・・・・・・・・・・・・・・・へ?」


ジャージャーと蛇口から流れる音だけが辺りに響く。ああ、水がもったいないと思える思考が帰ってくる頃には、陽の背中は別室に消えていた。




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