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御霊
子は生まれる場所を選べない。
同時に、名前だって選べない。
御霊(みたま)。
この二十世紀になんちゅう名前だよと、思春期を過ぎた頃から突っ込まずにはいられなくなったのは自然なことだと思う。
かっこいいと言われても、当人的には好きになれない名前。
「御霊様!」
まさかそんな風に呼ばれる日が来るとは思わなかった。
「・・・なぁいつも言うけどさ・・・“様”は止めてくれ、“様”は」
「ハッ!すっすいません御霊さん!」
びしっと背筋を真っ直ぐに伸ばし、慌てて謝罪をのべる長い黒髪の少年。
「んで?何の用なの菊太郎」
「そうです!御霊さん御霊さん!ぼ・・・私やっと御霊さんのように火の力を操れたんです!」
「火の力ってガスコンロだろ?お前やっと付け方を覚えたのか?」
こくこくと首を降る姿は本当に嬉しそう。
「これでぼ・・・私も御霊さんのように神器に認められたんですよね!」
「ガスコンロは三種の神器にも含まれない家庭用品だって。認められるもクソもねぇよ」
「・・・御霊さん便をもよおしたんですか?ぼ・・・私で宜しければ付き添いますよ?」
「変なところを拾うな!俺はお前に下品なことを言ってほしくない!
それといちいち言い直すくらいなら“僕”を使え!」
少しだけ声を張り上げてしまったせいか、菊太郎が肩をビクリと震わせる。少しだけ罪悪感。
「と、とにかく、いちいちそんなこと報告しなくてもいい。分かったか?」
「・・・はい」
しゅんと俯く姿にいじめてる気分になる。しかし、こちらも毎回毎回、些細なことを報告されたって反応に困るんだ。許せ。
「そういえば御霊さん。肩は凝ったりしてませんか?」
「何だよ急に・・・別に凝ってないけど?」
「じゃあじゃあ、何か取ってきて欲しい物はありませんか?」
「ないよ」
「っ、じゃあ・・・」
「お前さ・・・本当にいいんだよ。こんな俺の世話なんてしてくれなくても」
「そんな!駄目です!駄目です御霊さん!僕に御奉仕させて下さい!出来なきゃ駄目なんです!」
目を潤ませてまで懇願してくる態度に、俺は溜め息を吐いた。
このやたら献身的な少年に出会ったのは、数週間前の何てことない日曜日。
菊太郎は前触れも何もなく、俺の部屋に倒れていた。現代では見ることのないような荒い質感の着物姿で。
全く違う価値観。
生活用品を異形だの奇術だの騒ぎ、驚く少年。
身につけてる衣服も、コスプレ類いではなく普段着だと言う。
何より驚いたのは、一通り驚き終わった菊太郎が落ち着いた様子で語った内容。
「ぼ・・・私は、人身御供として神に捧げられたんです」
小さな村の神事を執り行う一族の嫡男で、飢餓に襲われた村のために、捧げられた。
最後に覚えているのは、暗い彼岸に通じていると言われる洞窟の中をただ歩き続けたこと。そして、気がついたら我が家にいた。
「だからきっと、ぼ・・・私は神様に仕えるために此処に来たんです」
「そして、貴方の傍に居たということは、きっと貴方がぼ・・・私の仕えるべき神様だからです」
それから俺は御霊“様”と呼ばれ、せっせと身の回りの世話をされている。
幸いなことに、両親は出張も多く、帰ってきても深夜で、早朝に出ていく生活をしているため菊太郎の存在は知られていない。
彼は一体何者なのだろう?
着物や、色々の癖から菊太郎は過去の人間だと思われる。
ちょっと前、物の試しに菊太郎の出身である村の名前を聞いて検索をかけてみた。
結果は、なし。
これが菊太郎の妄言でなければ、現在では確実に存在していない村であることが分かった。
やはり嘘なのだろうか?
だとしても、彼が自分に尽くしてくる理由はどこにもない。
ならば本当なんだろうか。
そっと菊太郎の頭を撫でてみた。菊太郎はきょとんとしてこちらを見上げて来たが、すぐに嬉しそうに笑って大人しく撫でさせてくれる。
さらりとした黒髪。指先に触れる菊太郎の頭は温かい。
温かいのは生きている証だ。
だけど、少年は人身御供だと言った。人身御供は・・・神に捧げられるために命を落とさなければならない。
「菊太郎」
「はい!なんでしょうか!」
「・・・・・・わりぃ。やっぱなんでもね」
こてんと首を傾げる仕草がよく似合う菊太郎を見ながら、俺は密かに苦笑した。
躊躇った。菊太郎から真実を聞こうとすることを。
聞けば、この曖昧な存在が消えてしまう気がしたから。
「御霊さん!僕は次に何をすべきでしょうか?」
わざわざ尋ねてくる姿に俺は再び苦笑した。ここまで献身的に尽くされると、どうしても言いたくなるのだ。
俺はお前の神様じゃないよ。
でも君にいなくなってほしくはなくて、臆病者の俺は今日も言葉を胸にしまうんだ。
++++++
本当はもっと色々書きましたが総カットされました。
菊太郎はショタですとも、えぇ。
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