ライン

女男子生徒


カリカリカリ・・・。

放課後の教室にペンが走る音だけが響く。
なんとなく肩が凝って、絵はふぅと息を吐いた。


「疲れた?」


すかさず尋ねてきたのは机を向かい合わせに挟んで座っている陽。
生徒会の書類から顔を上げてこちらをじっと見ている。


「ん、ちょっとだけ・・・。ごめんな、仕事手伝わなくて・・・」
「別に、これ全部お前が目を通したやつだし。俺の仕事しかないから」
「そっか・・・」

紙面に目を落としていたら、ふっと長い指が前髪を撫でてきた。優しい触れ方にちょっとだけ目を細める。
が、ハッとしてそれを払い除けた。陽がきょとんとしてこちらを見つめてくる。


「・・・どうした?」
「いっ、いつも言ってるじゃん・・・誰かに見られたらって・・・」
「こんな時間に三年の廊下をうろつくなんて教師ぐらいだろ?」
「先生でも!・・・見られたくない・・・」


顔が熱い。
なぜか泣きたくなって、ぐっと唇を噛んだ。

ふわりと、空気が揺らぐ。


「・・・っ!?」


気づけば、隣に来ていた陽の腕の中に閉じ込められていた。


「よ・・・う・・・!」
「・・・見せつけてやりたい」
「え・・・」

いつも癖が直らない髪に顔を埋めながら陽が囁くように言う。


「絵に近づいてくる輩が多すぎる・・・」
「お前・・・そんなこと男子校で言ったらアウトだろ・・・」
「・・・確かにな」


ふふっと陽が笑う気配に頬が勝手に緩んでしまう。男が笑って抱き合うとか、そんな現場を見られたら洒落にならないのに。


「ま、お前は男じゃないからな・・・」
「うるせー・・・」


そう、渋沢絵は男じゃない。
渋沢絵は正真正銘、女だった。



+++

生まれが不憫だと言われてしまえばそうなる。

両親の顔は知らない。絵は孤児だった。幼い頃は児童施設で過ごし、家族のような親友もいた。

ただ、15歳・中学三年の折りにひとつの決心をする。
それは、進学。




「はあ・・・」


見慣れてきた一年A組の教室で項垂れる。少しだけ息が詰まる空間で、思いっきり空気を吐き出した。


周りにいるのは全員男。


そりゃそうだ、ここは男子校なんだから。


「・・・・・・」


腕を組んでその中に顔を埋めた。

絵は教室で孤独だった。







絵の住んでいた地域には高校がなかった。過疎地域で、中学だって建ってるのが不思議なほど田舎。

ほとんどの人間が就職を選ぶ中、絵はもっと勉強がしたかった。たくさんのことを知りたかった。
けれど、一番近い高校ですら電車で片道一時間は揺られなければならない。そんなのどうしたってお金が足りるわけなかった。

諦めかけていた時、見つけたのがこの男子校だった。

筆記試験で最優秀成績なら奨学金で授業料が全て免除。
しかも寮があって、特待生枠にに入れれば待遇がある。


ここしかない、と思った。
電話で何度も高校に願い倒した。時には直接お願いに出向いた。


絵は気合いと気力で試験成績、最優秀者の地位をとった。
その熱意に折れてくれた学校は、三年間学年首席をキープすることを条件に入学を認めてくれた。
こうして絵は、女子でありながら男子生徒として通うことになったのだ。



もともと容姿は男勝りな方で、悲しいかな胸は一切と言いきれるくらい育ってくれなかった。
おかげで周囲からそう浮かなかった。
ただ、始めの内は「顔が可愛い」とかからかってくる奴もいた。そういうの力で捩じ伏せた。腕には自信がある。


ただ、バレないようバレないようにしていたのが悪かった。

気づいたら周りと壁ができてて、心を許せる人間が誰もいなかった。





『怖かったんだよね〜・・・仕方ないよ』
「うぅ・・・くーちゃん・・・」
『泣かないの〜!かいちゃんだって、まだまだ学園生活始まったばっかだよ!一人くらい友達できるって!』
「そうかなあ・・・」
『そーだよ!』


受話器の向こうから聞こえてくる明るい親友の声が愛しい。
自分より一足先に就職しあ親友のくーちゃん。確かもう一人の大親友、さーちゃんと二人でアパートの一室を借りていたはず。

ぐす、と抱き締めているクッションに顔を押し付けた。一人きりの寮の部屋は静かすぎて寂しい。


『あんまりホームシックならこっち遊びにおいで?そんなに遠くないんだから』
「ん・・・でも迷惑かけちゃうから、大丈夫だよ」


それからいくつか他愛ない話をして電話を切った。ふうと息を吐いてクッションに顔を埋めた。



寮の部屋は寂しくて寂しくて、堪らなかった。

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