おかしな二人11
金曜日。
学生にとって週の登校日の最後。疲労からの解放に浮き足立つ曜日。
今日は比奈さんが遊びに来るそうだ。
服を選ぶ。
今日はちょっとオーソドックスなやつ。青地に白いシンプルな模様。フリフリ類は一切ないが、これはこれで光太のお気に入りだった。
スカートはゆったりとした長めのをチョイス。靴下もハイソックス。
なんとも質素な格好。でもそれでいい。
もうつけるのにも慣れたウィッグを被り、鏡に写った「三ヶ谷ヒカル」はよし、と気合いを入れた。
「今日はシンプルなんだね」
向かい合わせに座っている比奈さんがくすりと笑うのを見て服を軽く握る。
彼女が自分の服装に反応してくれるのが嬉しい。
両親からは嫌な顔をされる、女の子の格好。
「比奈さんはチェックがすごく似合ってるね。リボンも可愛い」
「もう、比奈でいいよって言ってるのに」
笑う比奈さんの着る服は、赤に黒のチェックが入ったスカートに白いブラウス。黒の小さなリボンが程よく目立ってすごく可愛らしい。
きっと何を来ても似合うんだろうな。そう思った。
姉ちゃんは、いない。
今日は生徒会の打ち合わせが忙しいそうだ。
だから今、正真正銘自分は比奈と二人きり。
「ヒカルちゃん何だか顔色悪い?」
ひょいと覗き込まれて思わず身を固くした。どうも自分は顔に出やすいらしい。小さく深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「あの、比奈さん」
「ん?」
「ちょっと・・・話、があって・・・」
「なに?」
優しい声で先を促す比奈の様子に、ズキリと胸が痛んだ。だけど逃げるわけにはいかない。
「あの、ね・・・比奈さんに・・・・・・嘘をついてたんだ」
これはオレがどうしても告白しなければいけない、大事なことだから。
「・・・え?」
比奈さんの顔が怪訝なものになる。その変化だけでも、怖くて膝が震えた。それに気づかれないよう言葉を紡ぐ。
「ずっと・・・嘘ついてたことが、あって・・・それを話したくて・・・」
「ヒカルちゃんが、私に?」
「うん、そう・・・だから・・・それを・・・」
「もしかして学校のこと?だったら私気にしてないよ?」
優しく、だけど違う話を持ってくる彼女に決心が揺らぐ。
もし、このまま話さなければ。
もし、それをついていた嘘と偽ってしまえば。
首を振った。
やっぱり、それは比奈さんと友達として一緒にいるとは違うから。
「違うの・・・?」
ますます比奈さんの顔が歪められる。こんな気持ちにさせたのは自分だと思うと胸が痛くなった。
「あの・・・ね・・・」
気持ち悪い。
緊張しすぎて気分が悪い。
逃げたい。
楽になりたい。
嘘をつきたい。
なんでもなかったって。
嘘を、ついて・・・。
「本当は・・・ヒカルって名前じゃないんだ」
比奈さんの目が驚愕で見開かれた。茶色がちの瞳に自分の姿が映っている。
「ど・・・ゆこと・・・?」
「本当は、本当はね・・・三ヶ谷、光太っていうんだ」
「こ、う・・・た?はは・・・まるで、男の子みたいな名前なんだね」
「うん」
信じられないみたいに震えた声で、呟くように話す彼女の言葉に光太は静かに頷く。
何か違和感を感じたのだろう。比奈の動きが止まる。瞳がじっと光太を見つめている。
ゆっくりと、唇が動いた。
う、そ。
声は出てないけど、動きでわかる呟き。
見開かれた目。
青ざめていく表情。
弱々しく首が左右に動く。
引きつった笑みを少女は浮かべた。
「嘘」
「ううん。ごめんね・・・本当だよ」
「だって・・・そんな、でも・・・!」
「ごめんなさい」
息苦しさの中吐き出すような謝罪。本当は頭を下げようと思ったけど、比奈から顔が離せなくて言葉だけになった謝罪。
ぽた。
一滴。宙を滑り落ちた雫。
ガタン!乱暴に机が揺れた。バタバタと騒がしく駆ける音。バタン!勢いよく玄関の扉が開かれたのが遠くに聞こえた。
光太は座り込んだままだった。
ただ呆然と、横井比奈が部屋を飛び出ていくのを見ていた。
「光太・・・?」
帰ってきたのだろう、姉の声にやっと首だけ動かす。姉ちゃんは感情の入り雑じった目でこちらを見ていた。
「言ったんだ」
その一言で十分だった。
サラリとしたウィッグを頭から外す。
あの日、ぶつかってしまった綺麗な女の子。
自分を偽ってでも会いたかった。
話をして、苦しくなった。
本当の自分を受け入れてくれたらなんて馬鹿みたいなことを思った。
比奈のことが好きだった。
光太で彼女と出会って、光太を彼女は知った。
同時に、ヒカルは彼女という友人を失って、光太も彼女を失った。
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