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おかしな二人10




「光太〜」
「・・・・・・・・・」
「光太?こっうた!」
「ぅひ!?な・・・なに姉ちゃん・・・?」
「なに?って言いたいのはこっちよ。上の空な光太くぅん?私何回名前呼んだかしらぁ?」


姉の顔にピキピキと怒マークが見えて冷や汗をかく。今日の自分は本当におかしい。



「今日は服着ないの?」
「え?」

唐突に問いかけられきょとんと姉を見返した。
今日は軽いTシャツにジャージ・・・すぐにでも眠れるようなそんな格好。間違えてもフリフリがたくさんな女物の服ではない。

「父さんも母さんもあと一時間は帰ってこないのに、珍しいわね?」
「ん、と・・・何か疲れてさ・・・だから、なんとなく」

言い訳の歯切れが悪い。
それはそうだ。普段なら両親が帰ってくるまで時間があれば、たとえ調子が悪くとも可愛い服を着たいのに。

今日はおかしい。なんとなくの違和感が調子を狂わせている。


俯くオレの隣に姉ちゃんは歩いてくる。そして両手で頬を包むと上向かされた。じっと真剣な顔で見つめられる。



「横井さんが負担?」
「・・・え?」

何でそこで比奈さんの名前が出るんだ?

顔に出たのか、むにと頬を押される。


「だって光太のリズムが崩れたの横井さんと会ってからなんだもの」
「だから、って・・・そんなこと・・・」
「ない?」


ジッと見つめてくる瞳に耐えられなくて下を向く。
わからない。

何で調子がおかしいのか。

何で頭がボーっとするのか。

何でその原因を横井比奈と言われて、それをなにがなんでも否定したくて心が焦るのか。

わからない。



「・・・私はよかれと思ったんだけどね」

どこか悲しそうに姉が微笑む。そうして、ギュッと抱き締められた。
いつもなら恥ずかしくてすぐに振り払うけど、今はその温かさに心がホッとした。


「会うのやめる?」



え?という疑問符すら声にでなかった。

やめる?何を?
会うのを?誰と?
横井比奈と、会うのを、やめる?


「・・・っ・・・や、だ・・・!」

絞り出した声は自分でも驚くほど弱々しかった。
何で?と姉の瞳が尋ねてくる。


「オレ・・・が、可愛いって思った服・・・可愛いって言ってくれた」
「うん」
「う、れしかった・・・から・・・受け入れて、くれて」
「だからそんなに否定されるのを怖がってるのね」


ビクリと体が震えた。否定されるのが、怖い。
喉がカラカラに渇いているのに汗が全身を伝う。


「・・・ど・・・し、て」
「わかるよ?光太のことならわかるに決まってるじゃない。そういう子だって私が一番知ってる」

ずっと見てきたから。

両親に好きなものを否定された弟を。

それでも好きで姉に語る弟を。

その好きになるきっかけを与えてしまった詩穂里は、ずっと見てきた。


好きなことを好きと言えず、打ち明けたくても打ち明けれない。

怖いから。

両親のように、好きなことを否定されるのが怖いから。
お前は間違ってると指摘されたくない。
だから家の中で、唯一の理解者である詩穂里の前でだけ、光太はありのままでいられた。

学校の友達にも見せられないありのままの自分。

だからこそ、横井比奈には否定されたくなかった。
偽りの姿でも、自分の好きなものを受け入れてくれた彼女に、自分を否定されたくない。


「でも、ヒカルでしか好きなものを共有できないのが寂しいんだよね?だけど怖いから打ち明けれない・・・それが負担になってるんでしょ」


光太は唇を噛んだ。


姉の言う通り。
嫌なのだ。「ヒカル」を演じなければ横井比奈とは話ができない。

横井比奈は「ヒカル」を少なからず、知人として受け入れてくれてるだろう。
でも、それは光太ではないのだ。彼が彼自身を偽った「ヒカル」。


「ごめんね」

姉がまた光太の体を抱き締めた。少しでも楽しませてあげたくて、横井比奈を家に誘ったこと。
光太は、女装をして女の子のような気分に浸りたい子じゃない。光太は可愛い服が好きだけど、心身ともにれっきとした男なのだ。


「ごめんね」

男なのに、女として人に会うことを強要させてしまった。苦痛を与えてしまった。だから「ごめんね」。




「も・・・いいよ」

姉ちゃんは悪くない。
姉が作ったのはきっかけにすぎない。それからを選んだのは光太で、姉にはなんの責任もない。

悪いのは全部自分だ。

彼女に会った時、嘘を吐いた自分だ。
姉が連れてきてくれた彼女に会って喜んだ自分だ。


馬鹿な自分に付き合わせて姉を悲しませ、自分をコントロールできずに周りに心配させた。そんなどこまでも甘えきった自分自身に吐き気がして、光太は胸を強く握りしめた。




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