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おかしな二人8



「お邪魔しました」
「はーい!今日は楽しかったわ横井さん。よければまた遊びに来てね?」
「はい、喜んで。
ヒカルちゃんまたね」
「う・・・ん」


比奈が笑顔で手を振りながら去っていくのを、詩穂里は笑顔で、ヒカル(光太)はぎこちなく手を振り返し見送る。
ほどなくして、少女の背中は曲がり角に消えた。姉弟は振っていた手を下ろす。


「さて・・・」


ふぅと息を吐いて、詩穂里は隣の弟の姿をチラと伺う。


「・・・・・・(ぽや〜ん)」


心ここにあらず。
ぼーっと比奈が去っていった道を見つめている。
これは仕方がない。詩穂里は光太に向き変えた。


「ねぇ光太?」
「・・・・・・・・・ん?なに姉ちゃ、ゴフッ!?」


鳩尾にエルボーが決まった。
訳も分からず光太の体は反動のまま地面に倒れ、そのまま悶絶する。


「っ〜〜〜〜〜〜〜!!!っな、何すんだよ!」
「うるさい!このボケッと光太!なに鼻伸ばしちゃってるのよ!」
「は、鼻なんて伸ばしてない!!」
「嘘おっしゃい!顔が真っ赤なのが動かぬ証拠よ!」


ビシィッと詩穂里の人差し指が光太を射抜く。仄かに赤く染まった頬がヒクヒクとひきつった。


三ヶ谷光太、16歳。
年齢=彼女いない歴。
姉以外の異性に基本親しい人間がいない。せいぜい学校で他愛ないことを話すレベルで、女性と遊んだことすらない。

だから比奈にされたようなことは初めてで、どうしても思い出し、頭がふわふわしてしまう。


「もう一発いっとくヒカル?」
「・・・・・・遠慮します」


フンと腕組みをして詩穂里は先に家に入っていく。なんか今日の姉ちゃんは行動がよく読めない。

まあでもいつものことかなとか思いつつ光太も後を追うように家の中へ。


「そういえばヒカル。その服いつ買ったの?」


くるりと振り返り先日のお使いの際に買った服を指す詩穂里。正直に話せば詩穂里はへぇと数回頷きながら服を観察する。


「やっぱりナイスセンスねぇ。今度からヒカルに私のコーディネートを頼もうかしら」
「・・・まあ服を選ぶだけなら、いいけど」
「え?下着は?」
「全力で断る!」


ニヤニヤ笑いながらふざける姉を睨みながらも、頼もうかなと(本気なのか冗談なのかは分からないが)言ってくれたことが内心嬉しい。

女物の服が好きな、心底おかしなオレを受け入れてくれる。
姉ちゃんだけが理解してくれる。
唯一味方をしてくれる。


胸の奥の方がズキンッと痛んだが、今はこのままでいいと己に言い聞かせ、光太は頭の中で姉に似合いそうな服は何か考えた。



+++

それからというもの、比奈さんはしょっちゅう遊びに来るようになった。
勿論、彼女が家に来たら自分は「ヒカルちゃん」を演じている。髪の毛の長い、ふわふわした服の好きな「ヒカルちゃん」。


基本、自分と姉と他愛ない会話をするだけなのだが、それがまたすごく楽しかった。
ただ、二人きりになると少しだけ比奈さんからのスキンシップが多くなる。大体が手を握るとか、ちょっと体を近づけてきたりするものだけど、免疫のないオレはそれだけで顔を赤くした。それを見た比奈さんは嬉しそうに笑う。オレもつられて笑った。
どうしてこんな気持ちになるのか分からない。

ただオレは嬉しくて、楽しかったんだ。


比奈さんはよくオレが着る服を「可愛い」と褒めてくれる。それが嬉しくて、服のこういう部分が好きという話を一杯した。姉ちゃん以外には初めてのことだけど、比奈さんはちゃんと話を聞いてくれる。
・・・たまに「ヒカルちゃん可愛い」なんて恥ずかしいことを言うけど、彼女という存在がオレの中で心許せる人になってきたのは確かだった。


でも、そうなれば直面する問題に頭を抱えなければならなくなった。
今の楽しい時間は幻想みたいなものだ。
オレは比奈さんを騙している。その確かな事実が胸を締める。


三ヶ谷ヒカルは存在しないこと。


だけど、話し合えることが楽しくて嬉しくて、手放したくなんてなくて。
今日もオレは比奈さんの前で「三ヶ谷ヒカル」になる。長いの髪を持った、可愛い服の好きな「ヒカルちゃん」。


いっそ、本当に女の子として生まれたかった。
そしたら、こんな趣味を持ってても誰も否定しないから。
姉ちゃんじゃなくても、両親だって受け入れてくれたかもしれない。
もちろん、比奈さんも。

そんなことを考えるようになったのはいつからだろう?ただ虚しい現実に胸が痛くなった。


ヒカルになりたい。

三ヶ谷光太は痛む胸を押さえてそう思った。



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