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おかしな二人5


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柱の影から家の玄関をじっと見つめて、もう何十分立つだろう。
光太は帰宅して私服に着替えてからすぐ柱に張り付きを開始した。
両親がいれば「どうしたお前」とつっこまれそうだが、二人はいつも夜遅くまで帰ってこないから気にしない。

そのまま更に数分、誰にも指摘されることなくじっとしていると近づいてくる足音に気づく。
手が汗ばむのがわかった。神経を尖らせる。そして玄関の扉が、開いた。



「ただい「姉ちゃん!どうだった!?」


バッと廊下に飛び出したオレは、正座で姉の報告を促した。


「・・・・・・」


ぽかんとした姉が自分を見下ろしてくる。それを真剣な眼差しで見上げながら「早く、早く」とそわそわと言葉を待つ。


「・・・ねぇヒカル」
「はいっ!」
「貴方もしかして帰宅してからずっとそうやって私を待ち構えてたの?」
「その通りですっ!!」
「・・・っぷ!あっはははははは!やだかわいー!あははははは!」
「笑うなあっ!オレにはそれだけ重要なことなのっ!」


くの時に体を曲げ腹を抱えてけたけた笑う姉。それどころじゃないオレは抗議しながら膝を叩いて怒る。

もう!こっちはマジなんだよ姉さん!可愛いとかどうでもいいからとっとと笑い止め!

焦りばかりが募る中、ゆっくりと姉の笑い声が落ち着いてくる。
「はーよく笑った」と涙を拭いながら体を戻す姉に、こめかみがピクッと反応するのが分かった。
チクショウ!


「でっ?!どうだったのっ!」
「ああ比奈ちゃんの話?大丈夫誤魔化せたわよー?」
「本当っ!?」
「ヒカル?私を誰だと思ってるの?成功しないわけないじゃない」
「よかったぁ・・・」


胸を張り豪語する姉の姿にホッと胸を撫で下ろす。緊張がほどけて、自然と正座をとく。

本当に良かった。今日一日上手くいくか気になりすぎて上の空だったもん。

一瞬でとことん安心しきったオレに、しかし姉は引き締める一言を投下する。


「これで、比奈ちゃんが“普通高校にいる三ヶ谷少女を探さない限り”、貴方は安泰ね光太」
「ゔ・・・・・・」


緩んだ体が再び硬直する。
その通りなのだ。
今日の作戦はあくまで、「横井比奈がいるはずもない一組の三ヶ谷ヒカルを探す」ことを避けるためのもの。そして、比奈が女子高校で「三ヶ谷ヒカル」を探すのを普通高校に反らすためのものだ。彼女が真実を知るまでのただの時間稼ぎに過ぎない。
それに、普通高校の一年生で「三ヶ谷」姓なのは光太だけだ。
もしも比奈が普通高校に知り合いに「三ヶ谷ヒカルを知らないか」と尋ねれば、その時点で全てがバレる。

「三ヶ谷ヒカル」という少女が、存在しないことに。


「まぁその線は大丈夫だと思うけどねぇ」


頭を抱え出したオレにそう言って、姉は靴を脱ぎ家に上がる。

そういえばオレがずっと邪魔してたんだ。ごめん姉ちゃん。

そんなことを回らない頭で呟き、それからやっと姉が溢した言葉を認識する。


「大丈夫ってどーゆーことー?」
「ん〜・・・その内分かるわよ、多分」


曖昧な返事に意味が分からず、姉の背中を見つめる。だが、着替えのため二階に上がられてしまったため、背中は見えなくなった。


「なんでなんだ・・・?」


言葉の真意を探ろうとするが、これという考えに辿り着けない。その内、考えてること事態、無駄な気がしてきた。
とりあえず、一時的に胸のつっかえが取れたことに再度安堵する。
長時間居座った玄関の床からようやく腰をあげた。
ん、と一度伸びをして体をほぐし、リビングに入る。
ソファに座ろうとして、ふと姉にお礼を伝えていないことを思い出した。
お茶でもいれようかと思い立ち、オレはいそいそとキッチンに向かった。


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詩穂里side


「噂は本当そうねぇ・・・」

今朝のやり取りを思い出しながら、制服をハンガーに掛ける。


横井比奈。


彼女の噂は三年生にまで広がるほどの有名だった。

あまり噂を信じる質ではないし、仮に彼女の噂が本当だったとしても気にはしない。その人の個性に口出しする気はない。それに・・・。

「きっと一目惚れしちゃってるわよねぇあの子」

ふぅと息を吐いて、昨日からの光太の挙動を思い出す。
普段以上に慌て、こちらの言葉に大袈裟なくらい一喜一憂する。
どう考えてみても、確実に比奈を気にしている。生まれた頃から彼を見てきたが、あそこまで必死なのは初めてだった。
それに昨日、彼女の特徴を聞き出す際に、ほんのり頬を染めていたのも見逃してはいない。
ちなみに頬を染めた光太は家族の贔屓目抜きで可愛かった。それはもう、抱き締めて撫で回したいくらい。


「とうとうあの子にも春がきたか・・・」

少しだけ寂しい気もする。だけど光太も年頃の男の子。
人より特殊な趣味を持っているとはいえ、女の子に興味を持つのも当然な年齢だ。
むしろ遅いくらいだろう。
そんな弟が人とお付き合いを始めると考えると、楽しみになる。


「それに比奈ちゃんみたいな子と光太が付き合ったらどうなるか・・・おっ?」


着替えと思考を中断して、姿見を見つめながらくるりと回る。
今身につけているのは、先日光太がお使いで買ってきたもの。
もう一度回って再確認。
どうやらピッタリのようだ。

「はぁ・・・流石ヒカル・・・よく分かってるわ・・・あ!本人にも見せなきゃね!」

思い立ったら即行動。そのままバタバタと一階の弟の元へ走った。
リビングに入ると、光太はお茶を淹れているようでこちらに背を向けていた。
近頃大きくなってきた背中に思いきり飛び付き、そのまま抱き締めた。



こうやって抱き締めるのもそろそろ最後かな?


いつか来るだろう未来への寂しさを抱きつつ、可愛い弟を今は力一杯抱き締めることにした。





(あ、姉ちゃん?今お茶淹れ・・・ぎゃあああああぁぁぁっ!!!何だよその格好!?)
(ありがとヒカル〜♪すごく可愛いわコレ。ぴったりだし気に入っちゃったぁ♪)
(だからって、何下着で歩き回ってんだよ!早く服を着ろっ!!)
(ありがとねー♪)
(話を聞けえぇーーー!!!)


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