ライン

おかしな二人4


詩穂里side


お使いから帰ってきた途端「お姉ちゃん・・・!」なんて久しぶりに泣きついてきた弟に、驚き半分、期待半分にどうしたの?と尋ねた昨日の夕方。
理由を聞いて作戦を練ったのが昨晩。
そして今、火曜日の午前八時。


私、三ヶ谷詩穂里は一年四組の教室の入り口にいる。
何となしに辺りを見渡せば、幾人かの女子生徒がこちらから目を逸らし、また伺うように見てくる。

ヒソヒソ話からは「上級生」とか「生徒会」という単語がちらほら。


三ヶ谷詩穂里。女子高校三年一組。生徒会会長を務めてます。

別に自分は頭が良い訳じゃないし、そういうことに積極的な人間というわけではない。だが何故か選挙で推されて、当選してしまった。選ばれたからにはと、それなりに真面目に務めているので、どうやら一年生にも顔は知れているようだ。
だったら別に気兼ねする必要はない、堂々としてしまえ。

そうしておもむろに扉に手をかけ、同時に声をあげた。


「失礼。こちらに横井比奈さんはいらっしゃるかしら」

ガラリと開け放たれた音にビビったのが三割、声に驚いたのが七割というところか。
しかし、その中であっても悠然と構えている生徒が一人だけいた。周囲の喧騒をよそにツカツカとその生徒に歩み寄る。

ゆっくりと振り向いた彼女は、成る程聞いていた通りハッとするような容姿の持ち主であった。


「横井さんね?」
「・・・何かご用でしょうか?」


僅かに固い表情でこちらを見上げる少女に「ちょっと私用なんだけどいいかしら?」と教室の外へと連れ出す。



横井比奈。
その可愛らしく、どこか大人びた雰囲気に一時期二、三年でも話題になった少女。そして、彼女こそ昨日うっかり屋な弟が話した問題の原因である。




野次馬のいない階段の踊り場まで来てから比奈と向き合う。彼女の方はジッとこちらを伺っていた。

警戒と、もうひとつ意味の込められた視線。

その意味に関しては、しっかり情報として手にいれている。ふっと目を細めて比奈を見つめ返す。


「私の顔に何かついてるかしら?」

にこりと笑んで問いかければ、一瞬驚かれた。が、すぐ表情を消された。


「いえ・・・ご用件は何でしょう?」
「そう?実は大したことではないのだけど…昨日は私の“妹”が粗相をしたようで」
「え?」

きょとんと首を傾げられる。その様子を可愛く思いながらぺこりと頭を下げた。

「初めまして、三ヶ谷詩穂里といいます。誰の兄弟かは・・・分かってもらえるかしら?」
「三ヶ谷?・・・ヒカルさんの?」

ヒカルという名前につい笑みが溢れた。
脳裏に、昨日のやり取りが浮かび上がる。



『どうしようお姉ちゃん・・・!オレ今日ぶつかった人に“ヒカル”って名乗っちゃって・・・その人お姉ちゃんと同じ学校の子で・・・!』

帰宅早々、泣きついてきた弟は相当取り乱したまま、そう言ってきた。
いくら女装していることを誤魔化すためとはいえ、まさか私が使っている“ヒカル”を名乗るとは…。話の途中で思わず吹き出したら本気で泣かれそうになった。

今朝、彼女を呼び出したのは弟の不手際をフォローするためである。
フォローと言いながら弟を公然と“妹”と言ったが、あながち間違いではないし、本人承知の上の話なので気にはしない。それに、眼前の比奈にはちゃんと“妹”で話が通じたようだ。


「確か一組ですよね?私、昨日のことは気にしてませんし・・・今日の休み時間にでも会おうと思ってたんですが・・・」

用事が分かったことで警戒も解けたのだろう。幾分か柔らかくなった口調で話し出す彼女の言葉をあえて遮らせてもらう。

「そう、その事でお話に来たのよ」
「はい・・・?」
「実はね、あの子ったらあんまり貴女が可愛いものだから見とれちゃったらしくて、大事なこと言い忘れてたそうなの」
「大事なこと・・・何ですか?」

こてん、と首を傾げられる。
女目から見ても可愛く幼い仕草に笑みを溢しながら、あらかじめ用意していた言葉を口に出す。

「うちの“妹”ね、ここの一年一組じゃなくて、普通校の一年一組なのよねぇ」

「えぇっ!?えっ!でも昨日うちの制服着て・・・」
「それがね・・・」

昨晩決めた話はこうだ。
まず昨日の光太、もといヒカルは姉である自分に制服を貸してくれとせがんできた。それに対して自分はお使いを交換条件に制服を貸し、ヒカルはそれを着てお使いへ向かった。その道中で比奈にぶつかり、自己紹介で思わず見とれてしまい、自分が普通高校の人間であることを言いそびれた・・・というもの。


「そう、なんだ・・・」

傍目から見ても分かるくらいしゅんと項垂れる比奈。本当に会いに行く気だったんだろう。話を信じてもらえたことにホッとしながらも詩穂里は胸中で「ごめんね」と謝った。


「それにしても・・・私なんかに見とれちゃうなんてヒカルさんも大袈裟ですね」
「あらそう?私の目から見ても横井さんは可愛いわよ?」
「まさか!私なんかよりヒカルさんの方が可愛いですし・・・それに先輩は・・・とっても魅力的じゃないですか」
「あらあら、よく言われるのよね♪」


ほほほと笑えば、彼女もあの視線を寄越しながら苦笑する。彼女の言う魅力の根元は自覚してるし、それが理由で視線を集めることはよくあることなので今更気にはならない。


と、不意に名案が浮かんだ。
弟に許可を得た方がいいと思うが・・・何となく面白そうなので何も言わずに実行することにする。


「ねぇ横井さんもし良かったら・・・」







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