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神様
「やはり面倒だな」
ぽつりと呟かれた言葉に彼は彼女を見た。
「何が?」
「お前の存在感を掴めないことが、だ。何だか以前より増して見つけづらくなった気がするぞ?」
「だってそうなるように僕の理を変えたもの。効果はあったみたいだね」
くすと穏やかに笑う彼の姿に彼女は顔をしかめ、溜め息を吐いた。
「本当に面倒な守り神だ」
「簡単に見つかってはいけないもの。僕はあくまで“見守る”だけ。そういう存在でなくちゃ」
「にしてはあの娘にお熱だったじゃないか。」
「彼女は別格だよ。だって隠れられないし」
笑って言い。先にも増して彼は優しく微笑む。
“愛しい”
それが彼が娘に抱いていた心情だったか。
気配を完全に殺してしまえば、精霊たる彼女でさえ見つけることが叶わない、まるでこの地の空気そのものとでもいえる神。
そんな神の姿を唯一人、その娘は見つけることが出来た。
彼は孤独な神だった。
強く自らの気を発していなければ人に認知されない。
守り神でありながら“見守る”ことしかできぬ、弱い神。まるで“一人ぼっちの隠れん坊”。
だからこそ、彼の“隠れん坊”を終わらせた存在に、自分を見つけてくれた娘の存在に、彼は惹かれた。
神と人。生命の在り方が根本から違うもの。抱くことは許されぬ想い。
けれどそれを知りながらも、娘は一人ぼっちの神の想いに応えた。
添い遂げることは叶わない、それでも娘は彼と共に笑い、彼は娘と最期まで寄り添った。
そして今、彼は笑っている。
今だ続く“隠れん坊”、けれど以前のような寂しさは欠片も感じさせぬ、その微笑みを浮かべている。
「美しい人だった」
「ベタ惚れだな。ノロケか?」
「そんな風に聞こえる?」
「ああ。というか寧ろそうとしか聞こえんよ」
呆れてものを返せば、彼は笑った顔のまま器用に眉を下げる。
どうやら此方の見解が少々不本意らしい。
「・・・まぁ、確かにあの娘は綺麗な顔をしていたな」
「うーん・・・確かに彼女は綺麗な女性だけど・・・僕が言いたいのは内面も含めてかな」
「ほう?確かに素直だったな。だったが私は少々性格に難有りだったと記憶してるぞ?」
「えーと・・・そうじゃなくて・・・」
説明に困った彼は小さく頭を抱える。
「えっとね、僕は彼女の時の捉え方が“美しい”って言いたいんだ」
「時の捉え方?」
「そう、彼女の時間の受け取り方。
人を問わず、生き物は必ず産まれれば育ち、そして老いる。それは誰にも止められない世界根本の理。
でも、ヒトという種・・・特に女性というものは殆どが老いを嫌う。老いを隠し、誤魔化そうとする。“美しくありたい”そう願い足掻く。
僕はそれはとてもみっともないと思うよ。気持ちはわかるけど、平等に訪れる変化を無理矢理止めようとするなんて、みっともない。
人は、流れに抗わず、自らの全てを受け入れて、尚且つ、堂々とさらけ出す・・・そういう人が何よりも美しいと僕は思うよ」
「女心に真正面からぶつかるような意見だな」
「ははは・・・でもやっぱり僕は有りの儘でいる人が綺麗だと思うなぁ」
「話からして、お前の愛しい娘殿は有りの儘で生きたのかな?」
「うん、彼女は美しい人だった」
那由多の時を生きる神と人間は寄り添えない。それを解りながら、一人と一柱は同じ時間を過ごした。
当然ながら、神たる彼は年を取らない。外見も変わりはしない。対し娘は日を追う毎に老いる。
年を取らぬ者と年を取る者。その違いは当たり前のように齟齬を生む。
しかし、娘の方が柔軟であった。
過ぎる年月の中で、彼女はその年、その年に合わせて自分を変えた。
核となる自分は自分のままに、主観を変えた。
娘は直ぐに女となって、直ぐに老婆になった。
それでも一緒にいた。彼女は最期まで彼と共にあった。時を受け入れ、刻を迎えて逝った。
美しく、美しいままに眠りについた。
神の少ない理解者たる彼女が顔を歪めた。どうやら彼の話に飽きたらしい。
「・・・付き合ってくれてありがとう。僕の話はこれで終わり」
「全く、やっと解放だよ。お前は娘の事となるてお喋りが過ぎる」
「酷いなぁ」
「それでは私は帰るよ。次来る時にはもっと見つけやすくなっていることを願おう」
「それじゃあ“見守る”のに沿わないじゃない・・・君が来たらちゃんと気を放つようにするよ」
どうだかと笑って精霊の姿が消える。
神はゆっくりとした動作で、自分の祠の屋根に登った。そして村を見下ろす。
近代化という名目の開発で、昔の姿はどこにもない。それでも人の営みは続いている。
神は自分の守護地を見渡しながら胸中で言った。
“見守ろう”と。
“この美しい常世を”と。
一陣の風が吹き抜けた。
神は優しく、優しく微笑んだ。
++++++
着地点を見失った挙げ句意味が不明になってしまった。
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