ライン

歪んだ感情



ギリ、ギリ、絞まる音。
喉にのし掛かる圧迫感。
空気を通せない気道。



痛い。
苦しい。
痛い。痛い。痛い。苦しい。苦しい。痛い。



「どうして泣くんだ?」

青年にしてはやや高めの声が、少年にしてはやや低めの声が響く。
伴って、更に締め付けてくる彼の指。

痛い。痛いよ。痛いよ。


「どうして泣く?泣くなよ?泣くなって・・・泣くんじゃないと俺が言ってるんだぞ!!」

ゴスッという脳にまで響く振動と共に私の体が僅かに跳ねる。

彼に頭を殴打された。

あまりの衝撃にもう頭が痛みを痛みとして認知しない。
それでも私の涙腺は勝手に緩んで涙を流すのです。


「泣くな!泣くな泣くな!泣くんじゃない!」

大声で怒鳴りながら私の側にしゃがみこんだ彼は、その怒りの元である涙を乱暴に手で拭い始めた。
しかし拭っても拭っても涙が溢れて彼の手まで濡らす。そうすると今度は舌で直接私の目元を舐め始めた。


「泣くな・・・泣くな・・・!泣くなよ・・・泣くなって」


腕が、抱き締めるように私の頭を固定する。
温かい感触が止まらぬ涙の跡を辿る。


「・・・ごめ、なさい」


やっとやっと私が発した言葉はそんな弱々しいもの。
それを聞いた彼は、はっとした顔で私を凝視してから表情を思いっきり歪めた。


「・・・当たり、前だ!お前は俺のものだろう!それが命令に背いてボロボロと・・・みっともない!」

私を罵りながら、それでも貴方の腕は優しく抱き締めてくれている。

嗚呼、なんて矛盾した人なんだろう。


彼は独占欲の強い臆病者。
彼は俺様気質なのに心優しくて。
そして何より、傷つけたくないのに傷つけてしまう苦悩を抱えていることを私は知っている。

だから彼は“私”という所有物を離したくなくて、傷つけて、怖くなって、傷つく。

ボロボロになっているのは私じゃない。ボロボロなのは彼の方。


そっと私が彼の体に腕を回せばビクリッと体を震わせた彼が怯えた表情になる。

怖がらないでと伝えたいのに、言葉というものは時にどうしようもなく無力であることを私は彼と過ごす時間の中で学んだ。


だから私は余計なことは言わない、私は従順な貴方の人形であろうと決めた。

貴方が望むなら、私はどんなことでもしよう。

貴方が殴りたいのなら、私は喜んでそれを受け入れよう。
貴方が首を絞めたいなら、私は喜んでそれを受け入れよう。
貴方が罵倒したいなら、私は喜んでそれを受け入れよう。
貴方が×××したいなら、私は喜んでそれを受け入れよう。


だからもう傷ついて欲しくないの。

愛しい人。

なぜこんな貴方を愛したのか・・・私にはもう思い出せないけれど。

私は貴方を愛しています。



「泣か、ないで?」
「・・・泣いているのはお前だ・・・!みっともない・・・みっともない・・・」
「・・・泣かないで」


僅かに顔を上向かせて貴方の頬に、貴方の目元に触れるだけのキスをする。

そうすれば貴方は酷く傷ついた顔をして、私の胸に顔を埋めてくる。まるで心細くて堪らない幼子のように。

「・・・どこにも行くな。俺の傍にいろ・・・これは命令だ」
「・・・はい」


私は貴方の母親になれっこないけど、愛しい貴方を出来る限りの優しさで抱き締める。




優しい人。
怖がりな貴方。

いつか私は、貴方に殺されるでしょう。
けれど私は貴方を愛したことに後悔はしません。

だって貴方も不器用に私のことを愛してくれました。
これ以上幸せなことはありません。



ただの人形には過ぎた願いですが、今日も、


「・・・今日も隣で寝ていいですか?」
「・・・好きにしろよ」


ぎゅうと私を抱き締めてくれる腕。
幸せな温かさと微睡みの中で、私はいつものように思うのです。

例え貴方に明日殺されようと、私は私の人生に悔いはありません。
だからどうか、今日は貴方も良い夢が見られますように。



「お休み、なさい・・・」
「・・・・・・」





歪んだ関係と知りながら、明日も私達はこの関係を続けるのです。





愛しい人。大好きです。





++++++
書く前は挑戦したことのない俺様×純情を書こうとしてた筈だけど・・・。
どうしても甘いお話よりシリアスに持っていきたくなっちゃうようです。


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